第57話 追いつかれる
突如としてピーンと張ったロープに足を取られ、高速で駆けていた馬が悲しげないななきをあげて転倒する。
二騎ほど。
先頭を走っているやつに転ばれたら後続はたまらない。
さらに二騎が巻き込まれて転倒し、手綱を絞るのが間に合ったのは六騎だけだ。
「何やつ!」
「怪しいやつさ。決まっているだろ」
「お馬さんたちごめんね!」
茂みから飛び出した俺とアスカが、次々と馬の足を切りつけていく。
もちろん機動力を奪うためだ。
一騎も逃がさないってのが肝要なのである。
落馬した拍子に首を折って絶命した哀れな兵士が一人、残った三人は立ち上がろうともがいている間に、メグが首筋を切り裂いた。
あっちはOK。
「おのれ! 逆賊カイトスの手のものか!」
暴れる馬から飛び降りざま、六人の兵士が斬りかかってきた。
充分に訓練された動きだね。
「けど、飛べば死角です!
「
ミリアリアとサリエリが放った攻撃魔法が、空中で三人を氷像に、一人を消し炭に変える。
それらは地面に激突し、白と黒の破片をまき散らした。
一瞬で四人の戦友を失った王国兵たちは、だが動揺する時間すら与えられなかった。
着地した瞬間に、俺とアスカによって斬り伏せられたから。
「お見事ですわ」
馬たちに回復魔法をかけながら、メイシャが賞賛してくれる。
これは、動物に罪はないとかそういう話ではなく、馬は鹵獲する価値が高いためだ。
荷物運びに使うでも騎乗するでも、利用できる幅が広いからね。
使わなかったら使わなかったで売っちゃえばけっこうなお金になるし。
それが十頭。ほくほくである。
「ノーダメで勝てましたね。良かったです」
「ていうか王国軍弱すぎ! つまんない!」
正反対の感想を言うミリアリアとアスカだった。
後者はまき散らしてるって感じだけどね。赤い頭をぽんぽんしてやる。
「たかが偵察兵さ。これから強いのが現れるんだから油断は禁物だぞ。アスカ」
「はーい! ネル母ちゃん!」
「よし。撤収だ。将軍たちを追いかけるぞ」
俺たちはふたたび馬車に乗り込み、鹵獲した馬は数珠つなぎにして先を急ぐ。
「おそらく、このあたりで追いつかれるだろうな」
軍用地図の一点をキリル参謀が指し示す。
ガイリアの街まで一日というあたりだ。
追いつかれるというよりも、そこが仕掛けられるギリギリの場所なのである。
カイトス将軍がガイリアに入り、ドロス伯爵の保護下に置かれてしまったら、王国軍としては容易に手出しができないから。
「待ってください。ネル母さん。ドロス伯爵がカイトス将軍を助けてくれるとは限らないんじゃないですか?」
半ば挙手するようにしてミリアリアが質問した。
偵察部隊をやっつけた翌日の夜。
宿場での作戦会議の席上である。
「助けるさ。共犯者だもの」
くすりと俺は笑う。
ドロス伯爵はマスル王国との密貿易をおこなっている。カイトス将軍は魔王イングラルと書簡をやりとりできるほどの仲。
この二人の間に、まったくなんの関係もないと考えるのは、少しばかり頭がトロピカルすぎる。
現状、カイトス将軍は逆賊として追われているわけで、もし彼が捕縛されてしまうと芋づる式にドロス伯爵だって捕まってしまう。
王国としても、ガイリア地方の力を削ぎたいって狙いもあるしね。
強大な力を持った地方領主なんて、邪魔で邪魔で仕方ないんだから。
で、ドロス伯爵だって痛くもない腹を探られるってわけじゃないんだ。密貿易っていう思いっきり王国への背信行為でガイリアは潤ってるんだから。
こうなったら、覚悟を決めて王国と対決するしかない。
マスル王国の武力を背景にしてね。
「そのとき王国軍と戦う部隊の指揮を執れるのは誰かって話さ」
「カイトス将軍ですよね。政治的にも軍事的にも」
「正解」
リントライト王国を代表する将帥であるカイトス将軍が、正義は我にありって宣言することで、一地方領主の反乱ではなくなるんだ。
君側の奸を討つとか、名目はなんぼでも掲げられるしね。
もちろん純軍事的にも、宿将たるカイトス将軍が率いれば軍だって精強になる。
将軍を失っちゃったら勝算が一桁下がってしまう、というくらいの計算をドロス伯爵はするだろうから、ガイリアに入ってさえしまえばほぼ安全なんだ。
「逆に王国軍としては、絶対にカイトス将軍をガイリアの街に入れたくないってことですね」
「そういうことだな。けど足の速い部隊を散発的にぶつけても意味がない」
「私たちが各個撃破しちゃいましたからね」
ミリアリアの言葉に頷いて見せた。
また各個撃破されると思えば、少数の兵を突出させるって選択を敵の隊長は取れなくなる。
作戦行動ってのはギャンブルとは違うからね。
次はいけるんじゃないかなーどきどきって兵を出して負けちゃったら、戦力が減ってしまう。
そして減れば減るほど勝算は小さくなっていくのだ。
だから、ガイリアの街の手前、ギリギリのところで全戦力を叩きつける。
「これしかないのさ」
「ライオネルたちが馬を鹵獲したから余裕ができたんで、昨日ドロス伯には早馬を飛ばせたけどな」
キリルが肩をすくめる。
援軍要請は出しているということだ。そのポーズなのは望み薄なのを知ってるからだろう。
ここからガイリアまでは二日の距離。
昨日出発して、単騎駆けならそろそろ到着するくらいの時期ではあるけど、すぐに軍隊を動かせるわけじゃない。
仮に即応部隊があっとしても、もう出発していなくては間に合わないのだ。
「まあ、あるものでなんとかしてみせろってことですよ。参謀どの」
慰撫にもならないようなことを言って、俺はキリルの肩を叩いた。
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