第56話 逃亡者たち


 気がついたら、馬車に乗って逃げていました。

 ちょっとなに言ってるか判らないだろ?

 大丈夫、俺もだ。


 時系列に沿って説明すると、俺とカイトス将軍が王様のところにマスル王国が提示した和平案を持って行った。そしたらなぜか激昂した王様たちによって拘束されてしまったんだよね。


 牢獄の中で将軍とも話したんだけど、魔族と互角の条件ってのがどうしてもどうしても気に食わなかったんじゃないだろうか。

 やつらは不倶戴天の敵だ、みたいな感じでね。


 頭固すぎだし視野狭すぎだけど、王国の上層部はそういう考え方に支配されている。

 ガイリア地方の出身で魔族に対する偏見のない俺や、魔王イングラルと語り合って相互理解を深めたカイトス将軍は、そのことに気づかなかった。

 彼らから見たら、俺たちは魔族に協力する売国奴ってことなんだろうね。


 まさか大暴れするわけにもいかないからおとなしく捕まって、さてこれからどうしようって考えていたら、助けられちゃいました。

 なんと、アスカ、ミリアリア、メイシャ、メグ、サリエリの五人が、王城に忍び込んできたのである。


 サリエリのインビジブルっていう精霊魔法と、メグの絶倫な盗賊技能の前に、平時の警備はあっさりと敗北を喫してしまったらしい。

 たったの一回も見咎められることもなく、たったの一回の戦闘もなく、救出された俺たちは無事に王城どころか王都まで脱出できちゃった。


 城の井戸に彫り込んだ下剤でパニックが起きてる間にね。

 一昼夜走り続けて、いまのところ追撃はない。


「今夜は宿に泊まっても良さそうだな」

「ですね。充分に引き離しているでしょうし」


 話しかけてきたキリルに、俺は笑顔を見せた。

 この人はカイトス将軍の腹心、参謀を務めている騎士だ。

 天賦は俺と同じ「軍師ストラデジスト」で、俺としては生まれて初めて自分と同じ天賦の人間に会ったことになる。


 ちなみに騎士叙勲を受けてはいるけど、ジョブは薬師パメシストで戦闘はからっきしらしい。

 なんで軍人になったの?


 ともあれ、井戸に投げ込んだ下剤(キリル謹製)の効果は一日くらいでなくなるらしいから、引き離している距離は一昼夜分くらいと想定して良いだろう。

 日中しか動かないと考えたら二日分弱ってところかな。


 これだけ時間が空いたら、王国軍はすぐには追いかけられない。

 どっちの方向に逃げたのかだって判らないから、それを調べるところからスタートだもの。


 そして、軍師キリルは別の方向に空馬車を走らせたりとか、目撃証言を偽造したりとか、逃げるに際して策をばらまいてきたらしい。


 さすがカイトス将軍の腹心だわ。

 やることにそつがないね。







 ただ、いつかは方向が絞られるだろうし、いつかは追いつかれる。

 これは大前提として考えておかないといけない。


 こちらの馬車にはカイトス将軍の妻子も乗ってるわけで、非戦闘員もいるってことだから、いつまでもかっ飛ばして逃げるってわけにはいかないからね。

 そして、馬車と騎馬では移動速度も違う。


 追っ手が補給とか考えないで駆けたら、追いつかれてしまうわけだ。

 そのつもりで俺は作戦を立てているし、実行の許可をカイトス将軍からももらっている。


「ネルネルぅ。きたよぉ。十騎~」


 鷹っぽい召喚獣で後方を偵察していたサリエルが、のへーっと報告してくれる。

 王都脱出から七日目のことだ。


「十か。偵察隊だな」


 ふむと俺は腕を組む。

 予想していたよりもわずかに早いが、誤差の範囲だ。


 おそらく王国軍は四方八方に部隊を放ったのだろう。

 軍師キリルがばらまいてきた偽情報を、完全には整合させられなかったってところかな。

 偵察に十騎ってことは、本隊は百から百五十。


「どうします? ネル母さん」

「どうするのが良いと思う? ミリアリア」


 問い返した俺に、とんがり帽子の魔法使いはちょっと考え込んだ。


 このまま放置した場合、俺たちの姿を確認した後で偵察隊は情報を本隊にもたらすだろう。

 すると本隊は速度を上げ、おそらく明日か明後日あたりに攻撃を仕掛けてくる。


 数は百五十程度と読めるから、迎え撃つことは充分に可能だ。

 カイトス将軍の直参兵が百二十名。

 数では劣っているが、ものすごい精鋭部隊だもの。


 これを将軍と軍師キリルが動かしたら、百二十名が五百名くらいの活躍するだろう。


「潰しましょう。敵の攻勢を遅らせることができます」

「よし。正解だ」


 俺はミリアリアの頭を撫でてやる。

 んふふー、と、気持ちよさそうに目を細める魔法使いだった。


 わざわざ報告を持ち帰らせてやる必要はない。

 偵察の十騎が帰還しなければ、本隊は判断に迷うことになる。

 俺たちがすごく数が多いのかもしれない、と。

 百五十名では戦えないかもしれない、と。


 そして援軍を求めたなら、到着するまでは動けない。

 ようするにこちらとしては時間が稼げるというわけだ。


 仮に迷わず追撃してきたとしても、十騎を各個撃破の対象としてしまえば、残りは百四十名。

 相手の力を削ぐことができる機会を、わざわざ見逃す手はない。


「アスカ。将軍に伝令を頼む。先に進んでいてくれと」

「はい!」


 元気に応えて馬車から飛び降り、先頭の車両へとアスカが駆けていく。


「俺たちはここで待ち受けるぞ。メグ、偵察を頼む」


 馬車を街道の端に停めて、歓迎の準備だ。


「判ったス」


 すうっと、元盗賊の少女が隠形する。

 

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