第58話 草原の退却戦(1)
「きたぞ! 非戦闘員を先に行かせい!」
鞍上、カイトス将軍が叫んで馬の足を止めた。
馬車は速度を落とすことなく街道を駆けていく。キリルを中心とした最低限の護衛とともに。
その場に残るのは、カイトス将軍以下の精兵百名と俺たち『希望』の六名だ。
一緒に逃げないのは、尻に食いつかれて好きなように攻撃されたらたまらないからである。
土煙をあげて迫ってくる王国軍は、二百以上いるように見えた。
「
のへーっと間抜けな声で鋭く真相を突くのは、もちろんサリエリだ。
もともと追撃してきた王国軍は百五十程度という読みである。そのうち十名はすでに倒しているから残りは百四十名。サリエリの言うとおり、そこら辺にいた巡回中の警邏隊や、道々にある宿場を守っている警備隊などをかき集めて数を増やしたのだろう。
目算で二百四十くらいまで。
ようするに、こちらのざっと二倍半だ。
普通に考えれば、圧倒的に不利な立場になったわけだが、それはあくまでも数だけの話である。
命令系統も所属も違う連中を同数近くも抱き込んで、それでも普段通りに動ける部隊なんかない。
数を増やして統制が取れなくなるくらいなら、命令系統のしっかりした少数部隊の方がずっとマシだ。
まして、もともと敵の方が数が多かったのである。
数を優先するあまり、わざわざ王国軍は不利な要素を抱え込んでしまった。
「カイトス将軍。まずは敵を散らせようと思うんですが、かまいませんか?」
俺は馬上の将軍に許可を求める。
「いまはキリルもいないゆえ、すべての作戦行動をライオネルに委ねる。汝が最善と考える作戦を提示せよ」
返ってきたのは鷹揚なお言葉だった。
いないゆえって、あんたがキリル参謀を先に行かせたんじゃん。
徹底的に俺っていうか『希望』をシンパとして用いるつもりなんだろうな。この人。
良いんだけどさ。
いまさら、お前らは逃げろ、なんて言われたって困っちゃうしね。
つきあってあげますよ。
俺は軽く頷き、ミリアリアに向き直った。
「でかいのを一発頼む。相手をびびらせるんだ」
「それなら、ちょっと私に考えがありますよ。ネル母さん。やってみても良いです?」
「もちろん」
「やった」
ちいさくガッツポーズしてミリアリアが一歩前に出た。
王国軍はどんどん近づいてきている。
前だったら、間違いなくパニックを起こしちゃっていただろうね。
彼女も成長したなぁ。
すっと氷狼の杖をかざす。
ぴたりと王国軍の先頭部隊に向けて。
「
三本の氷の槍は、すぐに飛び出さずに遊弋する。
「ダブル!」
疑問に思うより早く、さらにミリアリアは氷の槍を生み出した。
なんと、スリーウェイアイシクルランスをキャストしておくという荒技である。
「GO!」
六本になった氷の槍が、放射状に広がりながら高速で王国軍へと飛んでいく。
すごい。
こんなん、王宮魔導師だって滅多に使えないような大技じゃないか。
マジックアイテムの力を借りているとはいえ、魔導師級の大魔法をやってのけた。
さすが俺の娘。
やるう!
発射の勢いで後ろに吹き飛ばされた小さな身体を抱き留める。
「すごいじゃないか。ミリアリア」
「まだです! ブレイク!」
俺の腕の中から杖を伸ばしたミリアリアが叫べば、六本の氷の槍が弾けて無数のつぶてになった。
それはまるで、魚群を捕らえる網のように広がって王国軍に叩きつけられる。
高速で突進する王国軍は、自ら死中へと飛び込むこととなった。
互いの速度が、氷のつぶての威力を致死性のものにまで高めたから。
一撃。
わずか一撃で、三十名以上が脱落した。
まさに機先を制された格好になって、急徴募された連中の足が止まってしまう。
連携が乱れた。
「将軍!」
「判っておるわい! 続けぃ!」
俺に教えられるまでもなく、カイトス将軍は愛馬に拍車をくれて敵部隊へと突っ込んでいく。
後に続くのは騎兵四十騎。
動揺している王国軍の側面を突くため、大きく弧を描いて駆ける。
なるほど。
「歩兵部隊も前進だ。直進すれば将軍たちに追い散らされた敵兵が逃げてくるぞ」
抜き放った剣の先で、ぴっと一点を指す。
そこを目指して突撃せよという意味だ。
「カモだ。武勲を立ててこい!」
『うぉぉぉぉっ!!』
一斉に喊声をあげ、歩兵部隊が突進する。
その数五十。
先頭を駆けるのはアスカとサリエリだ。
さすが「
本陣として残るのはミリアリアたち魔法使いが六名とメイシャたち僧侶が七名。それを俺とメグの二人で守るって感じだ。
まあ、たぶん守る必要はないけどね。
「街に着いたら!
「悪いわぁ。おごってもらうなんてぇ」
アスカとサリエリが、崩れて押し出されてきた敵に突っ込む。
絶妙なタイミングで。
右に左にと王国兵をなぎ倒しながら。
「魔法隊は遠距離からの魔法攻撃を継続、僧侶隊は長距離回復に専念。味方の損害を最小限に留めるんだ」
戦場を見つめながら、俺は指示を出し続ける。
ミリアリアの大魔法がすべてだったな、などと考えながら。
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