第43話 ピラン城防衛戦(2)


 湧き上がる勝ち鬨。

 巨大なモンスターをあっという間にやっつけたわけだから、そりゃあ士気だってあがるだろう。


「しかし、そう何度もは防ぎきれないぞ。ライオネルくん」

「何度もこんな攻撃はきませんよ。野生のサイクロプス、なんてもんがその辺にうようよしているならともかく」


 ザックラントの言葉に、俺は肩をすくめてみせる。

 敵にしてみれば戦力を小出しにする理由がない。となれば、この界隈にいるサイクロプスはあの四体ですべてだと考えて間違いないだろう。


「魔法戦力であるリッチでもダメ、サイクロプスの剛力でもダメ。これで敵は再認識したわけです。城攻めに奇策はない、とね」


 それはある意味で当然の帰結だ。

 どんな要塞でも城でも、守りやすく攻めにくいように作られている。

 簡単に攻略できたら、そんなもんはただの欠陥品だろう。


 戦記物なんかでは、鮮やかな詭計で城を落としちゃったりするシーンが頻繁に描かれるけど、あれはまさに物語だから。

 そんなに甘い話は現実には転がっていない。


「ならば敵はどうする?」

「正攻法ですね。歩兵を大量に投入して城門を破り、一気になだれ込んで防衛拠点を占拠してしまう」

「なんだ。普通の方法だな」


 微妙にがっかりした顔のザックラントである。

 あなたは俺になにを期待してるんだ?


 ともあれ、だから城攻めって厄介なのさ。どうやったって攻め手の損害が大きくなりすぎる。

 まともな指揮官なら、なるべく城攻めは避けて通りたいところなんだ。


「けど、敵は損害を考慮する必要がないんです」

「そうか。あいつの兵力はモンスターたちだから」

「はい。何百匹死のうが、べつに痛くも痒くもありません」

「厄介な……」


 ぎりっとザックラントか奥歯を噛みしめた。

 たかがゴブリンやコボルドだって、何千って数で攻めてきたらピラン城は陥落してしまう。

 そもそも、長期化してしまったら、備蓄の食料だって保たないだろうだろう。


「まあ、長期化はしないんですけどね」

「それはなぜだ? ライオネルくん」

「まだ内緒です。こういうのはもったいぶった方が、ありがたみがでますからね」

「でたよ! 時がくれば判ります的なやつ! これだから軍師は!」


 ばっしばしと俺の肩を叩く。


 痛い痛い。

 今の時点では言えないんだって。

 確証がないことだからさ。







 ピラン城の者たちが北の城門の補修を始める。

 サイクロブスどもにボロボロにされてしまったからだ。直さないことには次の攻撃には耐えられない。


 しかし、その隙を突かれた。

 ウルフにまたがったゴブリンたちが、猛然と突撃してくる。

 数は三百から三百二十といったところだろう。

 かなりの大軍である。


 修理兵たちはかろうじて城内に逃げ込むことができたが、城門の封鎖は間に合わなかった。

 人間が二人くらいは並んで通れる隙間を残した状態で止まってしまう。


 奇声を上げて殺到するゴブリンども。

 このまま一気に侵入される、と、思ったものは城内にはいなかった。


 血煙のなかに次々とゴブリンが倒れてゆく。

 死にゆく一瞬で彼らは気づいただろうか。自分たちは城内に侵入したのではなく、縦深陣のど真ん中に引きずり込まれたのだということに。


「うりゃうりゃーっ! アスカさまのお通りだぞー!」


 元気一杯に暴れ回っているアスカを遠望し、俺はくすりと笑みを浮かべた。


 右に左にゴブリンやウルフを切り捨てまくっている。

 まるで無双の勇者みたいだが、ごく単純に数的優位が確立されているだけだ。

 もちろん彼女もすごく強くなったけどね。


 ともあれ、城門の封鎖に失敗したわけではなく、人間二人が通れるくらいの隙間を、わざと空けておいたのである。

 もちろん敵を各個撃破するためにね。


 最初から門が開いていたら敵は罠を疑っただろうけど、奇襲に驚いて閉められなかったと演出することで誤断を強いたわけだ。

 入口を利用しての縦深陣なんて、べつに俺じゃなくたって考えつく策だからね。


 相手がゴブリンやウルフ程度で、しかもこっちは数が多くて半包囲を完成させた戦士隊である。

 アスカもそこに客分として参加しているのだ。


 この状況だと、損害はほとんど考慮に入れなくて良い。


「ロングヒール!」


 ダメージをうけたピラン兵はメイシャをはじめとしたプリースト隊が回復してくれるしね。


 けどまあ、なんとか包囲網をくぐり抜けてくるゴブリンもいないわけじゃない。

 そういう連中をやっつけるのがメグの仕事だ。


 包囲を抜けたぜーって吠え声を上げた瞬間、背後に忍び寄った彼女に喉笛を掻き切られて死んでしまう。

 そんな哀れなんだか滑稽なんだかよく判らない光景が指揮台からはよく見える。


「もうすぐ敵は引き始めるぞ。調子に乗って吸い出されるなよ」


 指揮棒がわりのブロードソードを振ってあちこちに指示を出す。


 自分も戦いながらじゃない指揮って久しぶりだなぁ。

『金糸蝶』のころはこうやって中隊長たちに指示を飛ばしていたっけな。


 正門から逃げ出した先頭部隊が後続の本隊と合流し、そのまま東門へと向かった。

 北門を攻めたのは罠だと思ったんだろうね。

 まあ、罠だけどさ。


 これは罠だ。北門を攻めたのは間違いだって考える気持ちは判らなくはない。

 でも罠以外の場所が手薄だなんてのは、思い込みも良いところだよ。


 俺が剣を振ると、城壁の上に隠れていた魔法隊がすっくと姿を現す。

 もちろんその中にはミリアリアの姿もあった。


「魔法隊! 攻撃開始!」

「撃ちます! マジックミサイル!」


 俺の指示に応え、二十数名の魔法使いたちが一斉に魔力弾を撃ち下ろす。

 まさに絨毯爆撃のように。


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