第44話 ピラン城防衛戦(3)


 結局、ゴブリンとウルフの混成部隊は、七割ほどの損害を出して壊走する。

 対するピラン城側は、死者ゼロ重傷者ゼロのパーフェクトゲームだった。


「軍師というのは怖ろしいものだな。敵を次々に返り討ちにしてしまうとは」


 勝ち鬨をあげる兵士たちの間を縫うようにしてやってきたザックラントが褒め称えてくれた。

 まあ、怖ろしいってのが褒め言葉だと仮定してね。

 額面通りに受け取っちゃうと、俺は警戒されてるってことになるから。


「一番面倒くさいリッチを撃退したのはザックラントさんじゃないですか」

「いやあ、そのあとライオネルくんがやっつけてるからなぁ」


 そうだけどさ。

 でも、俺がすごいんじゃなくてピラン城の兵士たちの練度が高いんだよ。勝因を探るとすればね。


 俺の採った作戦は、べつに奇をてらったものじゃない。

 数的優位をキープすること、障害物を利用すること、反撃のこない遠距離から攻撃することっていう、軍略の基本を踏襲してアレンジしただけの策だ。


 有能な軍略家なら、たいていはできることだろう。


「その有能な軍略家とやらは、市井にごろごろ落ちてはいないけどな。むしろ軍にだって、そんなにたくさんはいないだろう」

「それは優秀で練度の高い兵士も一緒ですよ」


 突き詰めれば、指揮官の意思をどれだけ過たずに実行できるかってのが、優秀な兵士の条件だ。

 剣の腕が立つとか、剛力だとか、そういうのはそんなに大事じゃない。


 俺が前進の指示を出してるのに、立ち止まって進まなかったり後退しちゃったりしたら、どんな作戦も成り立たなくなってしまう。簡単にいうとそういうことなのだ。


 その点、この城の兵士は良い。

 ちゃんと指示にも従う上に、自らの命を惜しんでいる。

 こういう兵士が良いんだよ。


「ところで、敵の正体なんですが」

「そのことについて、ぜんぜん喋る暇がなかったよな。ギューネイと名乗っていたな。王国元老のひとりだとか」


 リントライト王国への侵攻を唆し、断られるとモンスターをけしかけてきたイカレ野郎のことである。


 夕食の刻にちょっと話題に出たきりで、為人なんかもよく判らない。

 もちろんザックラントだって一度しか会ったことはないわけだが、それでも印象とか雰囲気とかを見ている分、俺よりはマシである。


「元老ってなんです?」

「さあ、私にもよく判らん」


 ダメダメだった。

 考えてみたら、ピランがマスル王国と断絶してから五百年である。

 魔族の国の政治体制に詳しいわけがない。


「きっとお偉いさんなんだろうなって思った程度だな。ただ、魔族の誇りがうんぬんって言う割には魔王勅まおうちょくは見せなかった」


 だから追い返したのだといって頬を撫でる。


 当然の判断だろうね。

 魔王勅というのは、魔王様の玉印が捺されている書状のことだ。この人の行動は王が認めたものであるから、ちゃんと周囲の人は従わないとダメだよ、と、わかりやすくいうとそういうことが書いてある。


 もしそれを出されたら、ザックラントだって魔族の一人だからね、むげに追い返すってことはしなかっただろうさ。


「独断専行ってことですね。そうなってくると元老って肩書きも、どこまで本当か」


 この際は魔王の命令で動いてないってことが判れば充分だ。

 追討令を出されてるってことだからね。


 あんなふうにモンスターを使役できるような魔法なんか存在しない。となるとものすごい力を持った古代魔法の成果アーティファクトだろう。

 当然のように国宝級である。

 王宮の宝物庫から勝手に持ち出したってとこだろう。


「ピラン城を手に入れて、リントライト王国攻略の足がかりにしたい。同時に、マスル王国からの追っ手に備えたい。そんなところかな」

「会ったこともないやつの考えていることが、よくそんなに判るもんだな」

「ただの憶測ですよ」


 感心するザックラントに肩をすくめてみせる。

 確証なんかなんにもない。

 けど、目安がないと判断できないからね。






 おそらくマスル王国は、ギューネイを始末するために動いている。

 ただ、その時期について正確に予測することはできないので、これはいったん考慮から外す。


 現状、俺たちにとって最もやられたら困ることは、このまましつこくしつこく攻められること。

 なにしろ拠点がここしかないんで、他から援軍がきてくれるって可能性はゼロだしね。

 物資や糧食だって無限にあるわけじゃないし。


 それに、リッチの時みたいに使ったらそのまま放置ってことをやられるのも困るのさ。

 ピラン城を陥落させることができなかったリッチは、戦力を増強するために宿場町を襲おうとしたからね。


「なので、打って出てギューネイとやらを討ち取ろうと思う」

「やった! そうこなくっちゃ!」


 俺の作戦案にまず飛びつくのはアスカだ。

 パーフェクトゲームだったとはいえ、積極攻撃型に属する彼女にとっては、防衛戦はつまらなかったんだろうね。


「でも、ネル母さん。お城を出たらここぞとばかりに敵が襲ってきませんか?」

「ミリアリアの心配はもっともだけど、たぶん大丈夫だ」

「なぜです?」

「敵は二回も失敗してるからな。しかも、そのうち一回は罠に誘い込まれて袋叩きにされてる」


 こちらがことさら隙を見せれば、罠を疑いたくなるだろう。

 そのへんの心理は人間も魔族も一緒だ。

 一度罠にかかると、慎重になってしまうのである。スピードこそ命って局面でもね。


「そこに、もう一回、罠を張る余地が生まれるわけさ」


 にやりと俺は笑ってみせる、


 

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