第36話 待って、俺の話を聞いて
ついに念願の脱衣所が完成したぞ。
キマイラ討伐から十日ほど。『固ゆで野郎』からもらった大量の木材と、ギルドから報酬で、風呂場に直結した脱衣小屋を作ったのである。
これで、ロフトから全裸で風呂場へと向かう娘たちを見ないですむよ。
お母ちゃん嬉しくて涙出そうだよ。
ああ、あとメグ用のベッドも作った。
さらに余った木材で、獅子王と奥さんのための猫塔も作っておいた。猫屋の話によると、この塔の上からネズミがいないか監視するんだそうである。
ともあれ、脱衣所ができたことで、『
次はクランぼろ屋くらいまで進化したいね。
「おまえら。これから服は脱衣所で着替えろよ。裸でそのへんうろうろすんなよ」
「え……?」
ものすごく意外そうな顔をアスカがする。
なんだよその顔。
「わたしたちの裸を見れなくなっちゃうよ? ネル母ちゃん」
「なっちゃうよじゃなくて。見せちゃダメなんだよ。なんでそんなことを俺が説明しないといけないんだよ」
年頃の娘に。
おかしいよ。
こいつらが育った孤児院では、子供にどんな教育をしてたんだよ。
「そんな! わたしたちの裸を見れなくなったら! ネル母ちゃんはなにを心の支えに生きていくの!」
「そうですわ! 無理をしなくていいんですのよ!」
「ネル母さん。もしかして病気ですか?」
メイシャとミリアリアまで混じっておかしげなことを言い出したぞ。
ていうかこいつら、わざと見せていたのかよ。いままで。
俺は頭を抱えてしまう。
「うっわ……」
そしてメグが、微妙に引いた感じで俺たちを見ている。
まずい。
まずいぞこいつは。
はやく誤解を解かないと。
「メグ。お前はきっとなにか誤解してるぞ」
「いいんスよ。ネルダンさん。人にはいろんな趣味趣向があるもんス」
「待って。謎の理解を示さないで。俺の話を聞いて」
「どうにも、ガイリア地方全体でモンスターが強くなってるみたいなんですよね」
ジェニファが難しい顔をする。
確証がないらしいのだ。
多くの冒険者から、モンスターが強くなったとか増えたとか報告はあがっているらしい。
けれど、たとえば田畑が荒らされたとか、家畜の被害が増えているとか、そういう報告はきていないんだそうだ。
ここがまずおかしいだろ?
モンスターが増えたら、それに比例して農場や牧場の被害だって増えるんだよ。
モンスターどもはなにを食って生きてるんだって話だからね。
山野の恵みだけでは支えきれないから、やつらは普段でも人間を襲ってる。べつに好きこのんで人間と対立しているわけではないのである。
で、数が増えたらその分必要な食料だって増えるわけだ。
襲うでしょ。増大した戦力をもって。牧場なり農場なりを。
「わけがわからんね」
「ライオネルさんには心当たりはないですか? モンスターの変化について」
「ふーむ」
俺は腕を組み、ラクリスの迷宮で感じたことを説明した。
ミリアリアの見解も含めて。
「つまり、キマイラ出現も根っこは同じってことですか……」
「確証はないぞ。なんとなく、それで腑に落ちちまうってだけだ」
「
形の良い顎にジェニファは左手の人差し指を当て、かるく唇をとがらせる。
えらく可愛らしい仕種は、彼女が熟考しているときのクセだ。
「明日、もう一回ギルドに顔を出してもらえません?」
「なしたよ?」
「『希望』に指名依頼を出します。モンスターの増加および強大化についての調査です」
「おいおい……」
さすがにそれは受けられないぞ。
話が漠然としすぎている。
どこをどう調査すれば良いかだって判らないじゃないか。
手がかりもなく、ただ調べてこいといわれたって困ってしまうのだ。
「行き先はここです」
すたすたと壁際まで歩み寄ったジェニファが、白い指先をぴっと貼られた大地図に当てる。
「ピラン廃城? なんで?」
首をかしげてしまうぞ。
五百年前の人魔戦争のときに魔族が築いた要塞、のはずだ。
結局は実戦で使われることはなく、ソメル平原会戦で敗北した魔王軍が南に逃げるときに放棄されたんじゃなかったかな。
そのあと人間たちが占拠しようとしたけど、仕掛けられた罠とか多すぎて断念しちゃったとか、眉唾くさい伝承も残ってる。
実際のところは、魔王軍が南に去ってマスル王国を作ってからは、戦略的な価値がゼロになったというだけの話だろうけどね。
で、五百年経った今も、その価値は変わってない。
主街道から離れすぎてるし、近くには町や村もないし、かといって国境からも遠いから軍の出撃拠点としても使うにも不便すぎる。
ぶっちゃけ、取り壊す費用がもったいないから朽ちるに任せてるだけだろう。歴代の王国も。
そんなところに何があるというのか。
「さあ、そこまでは私には判りません。女の勘が告げてるだけなんで」
「でたな。女の勘」
ものすごく胡散臭いけど、ジェニファの場合には意味があったりする。
彼女の天賦は
うちのメイシャと一緒で、たまに天啓が降りることがあるんだ。センスラックっていって、ここが勝負どころだってのがなんの根拠もなく判ってしまうのである。
それを女の勘だって言い張るんですけどね。ジェニファは。
「でもまあ、そういうことなら乗ってみますか」
俺は、にやりと笑みを浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます