第29話 子供だからって舐めないで!


 ルークがどこか遠くで幸福に暮らすなら、それはそれでかまわないと思っていた。

 俺とあいつの道は分かれ、もう交わることはないだろう。


 二度も追放された恨み言など言うつもりももはやない。

『金糸蝶』が消滅し、罪を犯したルークが投獄されたことで話は完結したのだ。

 そう思っていた。


「結局、カイトス将軍に恩赦を頼んだのが間違いってことか……」


 独りごちる。

 なけなしの全財産を差し出してまでおこなった工作の、これが結果だ。


 ルークはガイリアに戻ってフィーナを殺害し、さらに裏社会にまで入り込んで新たな勢力を興している。

 もしもこのまま奴の勢力が拡大すれば、ことは盗賊ギルドの内紛にとどまらない。


 ルーク勢力と冒険者ギルドの対立、下手をすればガイリア全体の混乱に発展するだろう。


 そんなことになったら、間違いなく王国が干渉してくる。

 治安維持を名目として正規軍を送り込み、街を実効支配してしまうのだ。地方領主の力は少しでも削いでおきたいってのが、王国政府の偽らざる本音って奴だからね。


 誰が支配しようが俺としては一向にかまわないけど、内戦となったら泣くのは一般大衆たみくさだ。

 また多くの、俺やアスカたちみたいな孤児が量産されることになってしまう。

 そうなる前にルークを倒さなくてはならない。


「俺の責任でな」


 獣を野に放ってしまったから。

 こうなることが読めなかったヘボ軍師は、せめて自らの手で奴を止めて責任を取らなくてはならないだろう。


 ぱちばちと薪がはぜ割れるたき火をみつめる。

 クラン小屋の前。

 エールの注がれたカップを手に、星空の下でただひとり。


 娘たちはもう休んでいる時分だ。

 早寝早起きが健康と美容の秘訣だからな。


 ちびりちびりと酒を飲みながら考える。三人娘のことではなく、ルークとの戦いを。


「たしかに負けたことはないけどな……」


 勝ったこともないのである。

 何十回と繰り返したケンカは、いつも痛み分けだった。


 ルークは「英雄」で剣士。俺は「軍師」で剣士。

 たんなる膂力やスピードでは、あいつの方が勝っているが、俺には先読みと戦術眼がある。

 だから勝負がつかないのだ。


 しかし今回はそんな甘いことをいっていられない。


「差し違えてでもたおすしかない、か」

「そんなの! ダメに決まってるしょ!」


 突然の大声に驚いて振り返れば、二階の木窓を開けてアスカが俺を見下ろしていた。

 その後ろにはミリアリアとメイシャもいるようだ。


「なにやってんの? おまえら」


「帰ってきてからなんかおかしかったから、浮気でもしてきたのかと心配で様子を見てたのよ!」


 どんな理由だよ。

 さも当然のように浮気を疑うな。

 俺は正真正銘の独身だ。妻も恋人もいない。


「そしたら! 深刻な顔して! ぶつぶついってるし! とう!」


 気合い一番、なぜかアスカが飛び降りた。


「意味がわからん!」


 いまの流れのどこにダイブする要素があった?

 慌てて落下点に走り込んで抱きとめ、格闘術の要領で勢いを殺してアスカを足から着地させる。


「お母ちゃんが命がけでなんかしようってときに! 黙って見てる娘がどこにいるのよ!」


 ぼすぼすと腹のあたりを叩かれた。

 怒ってるっぽい。


「ちゃんと相談しなさい! わたしたちは仲間でしょ! 子供だと思って舐めてるんじゃないの!」


 顔を真っ赤にして。

 どうしてか瞳に涙をためて。


 あー、うん。

 そうだよな。勝手に決めるなって話だよな。


 俺自身がルークに、勝手にあれこれ決めちゃダメだって説教したこともあったのにな。


「わかった。すまん。じつはお前たちに相談があるんだ」


 赤毛を撫でながら、俺は頭をさげた。







『鷹刃』のアジトは、貧民街の一角にある。

 まあ、貴族街や高級住宅街にあったらそっちの方がびっくりだが、貧民街のどこかってことになると、これがまたそう簡単には判らないようになっているのだ。

 巧みに隠蔽されていてね。


 もちろん看板とか出してるわけでもないし、そのへんの人に訊いても判らない。

 むしろ探してる人間がいるって情報が、あっという間に相手に伝わってしまう。そして気づいたら路地で暗殺者どもに囲まれているってオチだ。


「こっちス」


 そうならないのはメグが道案内をしてくれるから。

 名目としては、フィーナ殺しの犯人を追う俺たちが雇った情報通って立ち位置だ。


 するすると薄汚い路地を抜けて、貧民街の奥へと入っていく。

 やがてたどり着いたのは、場違いなほど立派な屋敷である。


 いや、屋敷だったものというべきか。

 外壁はあちこち剥がれ、窓だった場所には枠だけが残り、門扉も塀も崩れかけている。


「大昔は貴族の館だったらしいス。ここが貧民街になる前スね」

「なるほどな」


 軽く頷き、俺たちは敷地内に入り込んだ。

 アスカ、ミリアリア、メイシャの顔に必要以上の緊張はない。

 彼女たちには、ちゃんと説明したから。


 俺とルークのいきさつを。

 どうしてこんなことになっているのかまで、すべて。


 すっごい怒られたけどね。

 なんでもかんでも一人で背負うなって。

 本当に、俺には過ぎた娘たちだよ。


 すっと気合いを入れ、玄関ドアを蹴破る。ノッカーを叩くような場面じゃないからな。


「ごめんください」


 けど、ふざけた口調で言い放つ。


「いらっしゃい。なんにもないところだけど、あがってくれよ」


 返ってきた言葉は、やはりふざけたものだった。

 出迎えたのは、ホールに一人で立つルーク。

 取り巻きなどの姿はいない。


「みんな。全方位警戒だ」


 俺は三人娘に指示を飛ばす。伏兵を警戒して。


「心配しなくても俺一人だよ。ライオネル」


 場違いなほど朗らかに笑ったルークが剣を抜いた。


「さあ、決着をつけようぜ」


 捨てられた鞘が、からんと音を立てる。

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