第30話 だって仲間だから!


「ネル母ちゃん。鞘をあずかるよ」

「ああ、よろしく頼む」


 俺は愛用のブロードソードを抜き、鞘をアスカに預けた。

 大昔の騎士物語のように。


 それによると、剣は命、鞘は命が帰る場所なんだってさ。だから鞘を預けるってことは、必ず帰ってくるって意味なんだそうだ。

 一方、鞘を捨てたルークは帰る場所を捨てたって意味になる。

 験担ぎも良いところだけどな。


 踏み込みは同時。

 甲高い音を立てて、ルークのロングソードと俺のブロードソードが衝突する。

 そして一合で跳び離れた。


 やっぱりこうなるよな。


 これがぶつかったのは偶然。互いに剣筋が見えなかったから。


 牽制の一撃だった。

 これで怯ませて、さらに踏み込むつもりだったのだ。

 考えることは一緒ってやつか。


「そういえばライオネル。入ってきたとき、なんで意外そうな顔したんだ?」


 睨み合ったまま、まるで世間話のようにルークが語りかけてくる。


「取り巻きがいなかったからだよ。盗賊団を掌握したってきいてたからな」

「最初はいたんだけどな。俺の方針に従えなくて出て行っちまったよ」


 ふふんと笑う。

 ああ、そうか。

 そういうことか。


「上手く仕掛けてくれたな。ルーク」

「軍師に策を褒められるとは、うれしいねぇ」


 ふたたびの踏み込みから斬撃。

 互いに相手の攻撃を回避しながら、必殺の一撃に繋げるための小さな技をぶつけ合う。


 盗賊ギルドの方針とまったく違うことをやっていたのはわざとだ。

 善行でもなんでもない。

 騒動を起こすために騒動を起こしたのである。


「軍師は最悪の事態を想定して動く、だったよな」

「そのとおりさ」


 だから俺は、このまま事態が推移したらまずいと考えて、メグの話に乗ることにした。


 ルークの描いた絵図面通りに。

 こうして一騎打ちに持ち込むための。


「そうまでして俺と会いたかったか」

「愛ゆえにな」

「願い下げだぜ」


 くだらないやりとりをしながら、命のやりとりを続ける。


 切りつけ、外し。

 突き込み、流し、

 掬い上げ、打ち下ろす。


 刃鳴りが連鎖して、飛び散った火花が二人の顔を照らし出した。






 五十合に及んだが、いまだに決着はつかない。


 歳も同じ、育ちも同じ、ジョブも使う技も同じ。

 相手が何をしようとしているのか見えてしまうのだ。お互いに。

 俺とルークはそういう関係である。


 孤児院の前に捨てられたのは、俺の方が一日二日はやかったらしい。

 が、ほとんど双子のようなものだ。


 施設の人々からは、相応の愛情と相応の粗略さをもって育てられた。

 ともに読み書きを学び、ともに剣を学び、ケンカしたり仲直りしたりしながらでかくなっていく。


 そして数え十歳になった年、教会で至高神から授かった天賦は、ルークが「英雄ヒーロー」、俺が「軍師ストラデジスト」だった。

 あのとき、あいつが言ったのだ。


「冒険者になろう」


 と。


「一流になって、今まで見下してきた連中を見返してやろう。世界中の困っている子供たちを助けてやろう」


 と。


 まぶしかった。

 差し出された手が温かかった。

 だから俺は誓ったのである。


 こいつを補佐して、いつか天下を取ってやる、とな。


 いつの間にか剣戟は鍔迫り合いに移行する。

 互いの息がかかるような間合いだ。


「ぬぅぅぅっ!」

「らぁぁぁっ!」


 気合いの声とともに、相手を押し込もうと力の限りを尽くす。

 と、いきなりルークが崩れた。


 チャンス!

 一気にたたみかけようと踏み込む。


 そのときである。


「ぐ……は……」


 やつの放った蹴りが、まともに俺の腹に入った。

 肋骨が折れる音が耳に響き、少量の血が口から溢れる。


「蹴ってくるとは思わなかっただろ!」


 思わず身体を折ってしまった俺に、大上段からルークが斬りかかってきた。


 やばい!


 踏ん張った足で無理やりに移動力を作りだして右に跳ぶ。

 ロングソードが左腕をかすめた。

 鮮血が舞う。


 そのまま俺は床に身体を投げ出し、ごろごろと転がって距離を取る。


「はぁはぁ……剣士ソードマンの戦い方じゃねえだろ……それ……」

「あらゆる手段を使って勝ちに行く軍師様とは思えないセリフだな。ライオネル」


 にやりと笑ったルークが左手を伸ばし、手のひらを上にして指をちょいちょいと動かして挑発した。

 不用意に近づいては来ない。


 先に奇策を使っただけに、俺が奇策を使うのではないかと警戒しているのだろう。


 ゆっくり大きく息を吸う。

 肺が膨らみ、激痛とともに肋骨が接着した。

 両足に力を込め、ブロードソードを杖代わりに立ち上がる。


「まともに戦っても勝負はつかない。いままでそうだったからな」


 喋るたびに痛みが走るが、そんなものは無視した。


「ああ。だから卑怯だなんて言わないでくれよ」


 ロングソードでとんとん肩を叩きながらルークが笑う。

 隙だらけの行動は、むろん誘いである。


 大ダメージを受けた俺が間合いを詰めるために必要な時間を、ちゃんと計算しているのだ。

 小憎らしいほどに。


「言わないさ。なにしろ俺の方が、ずっと卑怯者だからな」


 俺は、その場から動かずに言った。

 次の瞬間。


遠距離回復ロングヒール!」

魔力付与エンチャント!」


 メイシャの魔法が俺を癒やし、ミリアリアの魔法が剣に力を与えた。

 一騎打ちへの割り込みである。


「ネルママが卑怯になるなら、わたくしたちも喜んで汚れますわ!」

「だって、仲間ですから!」


 金髪のプリーストと茶髪のメイジが、朗々と宣言した。

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