第28話 介入の口実は
少女はメグと名乗った。
栗色の髪と赤に近い瞳を持つ、なんだか小動物みたいな印象の娘だ。
盗賊ギルドの一員なのだが、本人は義賊であると威張っている。
義賊が貧乏な冒険者の懐を狙うなよ。
あ、盗賊ギルドなんていうとものすごく人聞きが悪いけど、そこまで凶悪な犯罪者集団ってわけでもない。
なんっていうのかな、必要悪みたいな存在なんだよね。
こいつら自身が悪党なんだけどさ。その悪党たちの間に一定の秩序をもたらしてるんだ。
ケチな犯罪者が増えすぎないようにしたりとか、売春婦たちの縄張りを調整して貴族街にへんな病気が流行らないようにしたりとか、ストリートチルドレンを拾って育ててスリや売春婦にしたりとか。
最後の一つなんて、たとえば良識派の人たちなら目を三角にして怒りそうだけどね。そうしないと浮浪児たちはすぐに死ぬんだよ。
その日食べるものだってないし、寒さをしのぐ方法だってないんだから。
まったく尋常なものではないにせよ、これもまた手に職をつけさせてやっているってこと。
領主さまやお貴族さまが、たまーに気まぐれでやるような貧民街での炊き出し程度じゃ、だれも救えないんだよね。
だから、盗賊ギルドは公認はされてはいないけれども、官憲は見て見ぬ振りをしている。
よほどの重大事件を引き起こさない限りはね。
メグもまたそうやって盗賊ギルドに拾われたストリートチルドレンの一人だ。孤児ってのは俺や三人娘と同じだけど、孤児院の前に捨てられたのと盗賊ギルドに拾われたのではだいぶ境遇が違う。
俺たちが身を立てるための手段として教わったのは読み書きや戦い方。メグたちが教わるのは盗賊技能だ。
発育が悪かったんで、娼婦って方向には行かなかったんだそうである。
数え十七(満十六)歳だというのに、ミリアリアとアスカの中間くらいの体型だもんなぁ。
とはいえ、彼女自身はその境遇をそこまで恨んでいるわけではない。
俺たちだって冒険者であることを卑下してないのと一緒だな。
無頼漢とかいわれようが、それがどうしたって感じだ。
「けど……このままじゃギルドの掟が守られなくなっちゃうんス……」
メグが説明する。
盗賊ギルドを構成する盗賊団の一つ、
飲食店からもらうみかじめ料を勝手に免除したり、娼婦の借金を勝手に棒引きしたり。
一見すると善行に見えるが、そういうことをやられると裏社会が回らなくなる。
たとえば売春婦たちの多くは、自らの身体を売ることでしか金を稼ぐことができない。手に職がないから。借金がなくなかったからといって春を売るのをやめられないのだ。
そうすると、借金返済分の上乗せしていた料金を下げて営業することになる。
客なんて勝手なものだから、安い方へと流れるわけだ。
飲食店なんかも同じ。
ようするに、鷹刃の縄張りだけが潤うことになるのだが、みかじめ料っていう主な収入を絶たれた鷹刃だってキュウキュウだ。
ぶっちゃけ誰も得をしないのである。
で、当然のように、盗賊ギルドを形成する他の盗賊団から刺客が送られた。
「全部、返り討ちに遭ったス」
力なくメグが首を振る。
まあそうだろうなぁ。
鷹刃の新しいボスってのは、間違いなくルークのことだろう。
そんじょそこらの
「あいつに勝てるのはアンタしかいないんスよね? 元『金糸蝶』副長のライオネルさん」
メグが俺の目を見ながら、決然と言った。
ジェニファと顔を見合わせる。
俺がルークに勝てる唯一の男かどうかはともかくとして、盗賊ギルドの内部抗争に冒険者ギルドが首を突っ込むというのはまずい。
まずいのだが、内部抗争を引き起こしているのが『金糸蝶』のクランリーダーだった、というのはさらにまずいのだ。
これが名も知れない冒険者がやったことなら放置でかまわないんだけど、いろんな意味でルークは有名すぎる。
「どうする? ジェニファ」
「どうするって言われても、私の一存じゃ決められませんよ」
だよね。
盗賊ギルドと冒険者ギルドの密約とか、そういうのがない限り俺たちが手を出すのは、まさに縄張り荒らしになってしまう。
互いに不干渉ってのが、基本中の基本だからだ。
「でも、冒険者フィーナを殺害した犯人を追うというなら、それは冒険者ギルドの仕事です。受けますか? ライオネルさん」
「なんという論理のアクロバット。ワルだねぇ。ジェニファさんや」
俺の言葉に、彼女はどうもと肩をすくめて見せた。
ようするにこういうことである。
フィーナを殺した犯人を追ううちに、たまたまそれが盗賊団『鷹刃』のボスだということが判明した。そいつを捕縛あるいは殺した後で、なんと元『金糸蝶』で冒険者ギルドを除名されたルークだったということが判る。
そういう筋書きだ。
これなら、盗賊ギルドはまったく面子が潰れない。
べつに冒険者ギルドは、盗賊ギルドの内紛を片付けるために動くのではなく、殺人事件の犯人を追いかけただけ。
すべては、
「というわけでメグ。俺はいまから質問するぞ。フィーナを殺した犯人が、どこか盗賊団のボスに収まったって情報を得たんだが、なにか心当たりはないか?」
ものすごくわざとらしく問いかける。
にっと笑ったスリの少女が応えた。
「それなら、オレがちょっとした情報を持ってるスよ。ダンナ」
と。
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