第27話 金貸しの老婦人とスリの少女


 アスカたちに金を貸していたのは、高利貸しではなかった。

 むしろ逆で、かなり親切な老婦人だ。『希望』が本拠地にしている水車小屋の、元々の持ち主である。


 邸宅に訪ねた俺を暖かく出迎えてくれた。


「挨拶が遅れて申し訳ありません。あの子たちのクランリーダーを務めさせてもらっています、ライオネルといいます」

「知ってるわ。みんなのお母さんね」


 メアリーという名の老婦人がくつくつと笑う。

 たぶん、あいつらがあることないこと吹き込んだんだぜ。


 二言三言談笑し、俺は本題を切り出す。

 三人娘の借金のことだ。


 冒険者を始めるに際して、彼女たちはメアリーから金を借り、分不相応ともいえる装備を調えたのである。

 それ自体は、じつはかなり良い方向に働いた。


 出会ったばかりの頃に見せたむちゃくちゃな戦術、あれで彼女らが勝てたのは装備の良さというのもある。


 普通の冒険者みたいに装備は金が貯まってからって考えだったとしたら、たぶん俺に出会う前にアスカは死んでいただろう。

 で、前衛を失った後衛がどうなるかは、推して知るべしというやつだ。


「アスカ、ミリアリア、メイシャの装備費用として用立てていただいたと聞きました。装備品に関しては、クランで負担するという形になりましたので、借りたお金は三人ではなくクランが返済するということでよろしいでしょうか」


 まあ、良いも悪いもないよね。

 誰が返したって金は金だし。


「ライオネルさん。それはちょっと過保護というものではないかしら」


 苦笑のメアリー夫人だ。

 判ってるけどねー。


「今回だけです。借金があるからってリゾート地で服も買わずに、やせ我慢していたあいつらが不憫でしてね」

「あんまり甘やかしちゃだめですよ?」


 笑いながらそう言った婦人は、借金の証文を取り出して、俺の目の前で破り捨てた。


「え?」

「そしてこれは、いままであの子たちから預かってきたお金よ。まだまだ少しだけだけどね」


 さらに小さな革袋を三つ、テーブルの上に置く。

 ちょっと理解が追いつかない。


 つまり彼女は、返済されたお金をそのまま取っておいてくれたということか。

 なんでそんなことを?


「ほら、そうやって強制的にでも貯金させないと全部使っちゃうでしょう? あの子たちって」


 うっわ。

 心当たりがありすぎる。


 あいつら、俺と出会ったときほぼ無一文だったしね。

 それにしても、なんと暖かいご婦人だ。

 孤児の三人娘に、これほどの厚意を向けてくれるとは。


「では、このお金はたしかにお預かりします。そして必ずあの娘たちのために役立てましょう」

「お願いね。ライオネルお母さん」


 俺が差し出した右手を、メアリー夫人が握り返した。

 こういうお母さんが欲しかったよ。俺もね。







 用事を済ませて、なにかめぼしい依頼を探そうと冒険者ギルドに向かっていたところ、雑踏の中で誰かにぶつかられた。

 どん、と。


 珍しくもなんともないけど、スリである。

 懐に差し込まれた手を、素早く捻り上げた。


「いたたたっ! なんすんスか!」

「それはこっちのセリフだ。冒険者のさみしい懐を狙うとは太い野郎め」


 帽子が落ち、栗色の髪がさらりと流れる。

 妙に甲高い声だと思ったら女の子か。


 となると、あんまり手荒なことをするのも躊躇われるな。

 本当はお尻ペンペンの刑にでも処したいところだが。


 ぱっと手を離してやる。


「いけよ。俺は冒険者ギルドにいるからな」


 謎のセリフとともに。


 キッ! と睨み付けたスリの少女が、地面に落ちた帽子をひっつかんで、脱兎のごとく逃げていった。

 まあ、どうせすぐに向こうから会いに来るんだけどね。





「あ、来ましたよ」


 ギルドのロビーで暇を持て余していたジェニファと談笑していると、すごくむっさい顔で入口のスイングドアを開けて少女が入ってきた。


「やあ。意外と早かったな」


 俺はにやにやと笑ってみせる。

 右手に持った少女の財布を振りながら。


 もみ合ってるときにスリ取っておいたのだ。

 ま、相手は逃げようともがいていたわけで、完全に集中力がそっちに行ってるからね。

 俺程度の指芸でも抜き取れたってだけの話なんだけどな。


 どこでなくしたのか判るように、俺の行き先を告げておいたって寸法さ。

 もちろん、事の顛末はジェニファにも話してある。


「てんめぇ……」

「まあまあ落ち着いて。お茶でもどうだ? ちょっと臨時収入があったんだ」

「オレの金じゃねえスか!」


 怒ってる怒ってる。


「ライオネルさん。あんまりからかったら可哀想ですよ」

「そうだな」


 ほいっと財布を少女に投げ渡す。

 受け取っても、がるるると威嚇してくる。立ち去りもせずにね。


「何か用事があってつけ回していたんだろう? で、俺の財布を抜き取って、返してやるから頼みを聞いてくれとか言うつもりだった。外れてるかな?」

「なんで……?」


 少女が大きな瞳をさらに見開いた。

 なんでっていうか、その程度のことが読めないなら軍師なんてやめちまえって話だからさ。


 尾行に気づいていたのはちょっと置くとして。本当にスリだけが目的だったら、自分の財布なんか持ち歩かないし、仮に持っていたとしても盗まれてしまったら諦める。

 何度も接触するのは危険だからだ。


 でも彼女はそうしなかった。財布が返ってきてからも立ち去らずにそこにいる。

 そこから導かれる結論は、俺に用があるってものになるだろう。


「たった二人の孤児が始めたクランを、十年たらずでトップクランの一つにまで押し上げた稀代きだいの軍師ですからね。この人は。簡単には出し抜けないですよ。お嬢さん」


 くすくすとジェニファが笑う。

 そんなご大層なもんじゃないさ。運が良かっただけだよ。

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