第26話 帰還


 ガイリアの街に戻ると、俺たちは冒険者ギルドに直行した。

 まず、護衛依頼についての顛末を報告しなくてはいけない。その上で慰謝料を受け取る。


 冒険者の若い女性を狙った計画的な犯行を見抜くことができずに、ギルドに登録している冒険者を危険に晒した。

 このことに対するギルドからの詫びである。


「と、いうことにしておくよ。ジェニファ」

「はい。そういうことにしておいてください。ライオネルさん」


 にこにこと鬼の係員が笑う。


 彼女は最初から俺たちを使って強姦魔どもやっつけるつもりだったのだ。

 おそらく、被害に遭った女性冒険者から相談とかを受けていたのだろう。


 そして俺たちならやれると白羽の矢を立てた。まあ、金がないよう貧乏だようって俺がめそめそしていたからってのもあるかもしれないけどな。

 詫び銭も、通常の金一封よりはだいぶ多いし。


 このへんは持ちつ持たれつだ。

 ギルドとしては、疑いだけで商人を罠にはめたとは言いにくいからね。

 もちろん俺たちとしても、せっかくもらった金銭や急上昇した名声を返上するほど無欲ではない。


「くっくっく。希望ホープ屋。そちもワルよのう」

「いえいえ。係員さまにはかないませんよ」


 おバカな冗談を飛ばし合う。

 クッションとしてね。

 まったく聞きたくないけど、聞いておかなくてはいけないことがあるから。


「ルークなのか? 犯人は」


 元『金糸蝶』クランの団員、フィーナの殺害についてだ。


 事件から、もう一ヶ月近くが経過している。

 こればかりは仕方がない。俺たちは王都にいたからね。

 今は、往復するだけで二十日もかかるのだ。


「とは言い切れません。なんの証拠もありませんから。ですが」


 ジェニファが軽く首を振る。


 正確に心臓を一突きで貫いた手腕から、かなりの手練れと推測される。そして殺されたフィーナには抵抗した形跡がなかった。

 このふたつのフラグメントの指し示す先に立っているのは、やはりルークしかいない。


「そうか。その後の足取りなどは?」

「さっぱりです」


 ギルドの施設内で起きた事件である。威信をかけて捜査しているものの、犯人逮捕はおろか、手がかりになるようなものも見つかっていない。

 ほぼ手詰まり状態なんだそうだ。


 風のように侵入したルークがフィーナを殺し、そして風のように去った。


 そんな神業めいたことができるのかと問われれば、奴なら簡単だと答えざるをえない。

 天賦の「英雄ヒーロー」は伊達ではないから。


 アスカを見れば判るとおり、戦いの才に秀でているのだ。冒険者になって一年も経たないのにサハギンと互角以上に戦えるんだもの。

 天才という言葉がそのまま当てはまる。


 そしてやつは、アスカ以上の天才だ。

 子供の頃からケンカというケンカで負けたことがない。まあ俺に対しては勝ってもいないんだが。

 何十回何百回と殴り合いをしたけど、ついに決着はつかなかった。


「ただ、ひとつだけ気になる情報はあります」


 ジェニファの声で、俺は無意味な懐旧を中断する。


「それは?」

「裏を仕切ってる盗賊団のひとつなんですが、頭目が交代したとか」

「それがルークだと? なにか根拠は」

「ありません。強いていえば女の勘ですね」


 苦笑する美貌のギルド職員。

 たしかにそれは、俺が持っていない能力だ。

 いくらお母ちゃんと呼ばれていてもね。


「心に留めておくよ」


 そう言って軽く手を振って相談室という名の密談部屋を出る。他人に聞かせたくない話をするときに使われる部屋だ。


 ロビーで待っていた三人娘と合流し、クラン小屋へと帰還する。


 一ヶ月ぶりの我が家だ。

 寝床の快適さは、どの宿場町の旅籠にも劣り、野宿よりはマシっていう素晴らしい住環境である。






 そして戻ると、獅子王(白猫)が増えていた。

 二匹に。


「猫って、分裂するんだっけ?」

「違うよネル母ちゃん。こっちの子メスだよ!」


 アスカが獅子王じゃない方の白猫を持ち上げて確認する。

 ていうか、あんた簡単に猫を捕まえてるけど、その反射神経っておかしいからな?

 そう簡単に捕まえられるもんじゃないんだから。


「……だろうな。そうじゃない可能性を信じたかっただけなんだ。あるじの留守中に、家に女を引っ張り込むなんて。すけべ猫め」

「ネル母さんの嫉妬の方向性が謎すぎますね」


 やれやれと肩をすくめるミリアリアだった。

 嫉妬してるわけじゃないもん。


「雨風もしのげますし、水も食料もありますわ。猫にとってはまさに王城でしょう。この城をもつ獅子王はやっぱり王様なのですわ。モテモテなのです」

「そういう問題だべか?」


 まあ、みんなが良いというなら、白い雌猫をあえて追い出す必要もないか。

 俺たちは仕事で留守がちだし、獅子王も一人きりじゃ寂しいだろうし。


「獅子王の子供なら優秀なハンターになるだろうしな」

「ネルママ気が早いですわ」


 ともあれ、『希望』のクラン小屋をネズミから守る守護猫ガーディアンが二匹になった。

 防御は万全だろう。きっと。


「じゃ、掃除に取りかかるか」

「なんか掃除してばっかりだね!」

「カイトス将軍の別荘の掃除は最初の一日しかしてないからな。その分我が家で頑張れってことさ」

『はーい!』


 くだらないことを言って笑い合いながら、それぞれの作業着に着替える。

 半裸で掃除なんていうイカレた真似は、もうやらせないぞ。


 あ、そうだ。

 明日はこいつらの借金を清算しにいかないとな。


 

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