第21話 ローンガールズ


 王都ガラングランの冒険者ギルドを通しての指名依頼は、なんと掃除だった。ほど近い景勝地であるミカサ湖、そこに建っているカイトス将軍の別荘の。


「さすがにわけがわからんね」


 受領した俺は肩をすくめる。

 なにか判らないって、たかが別荘の掃除の報酬が、前にやったゴブリン退治よりずっと高いってことだ。

 もちろん金欠の俺のために、将軍が色を付けてくれたって部分はあるだろうけれど。


「アニータの就職も世話してくれて、こんな美味しい仕事もくれる! まえは剣もくれたし! カイトス将軍ってすっごい良い人! ネル母ちゃんの次に好き!」


 ほてほてと街道を歩きながら、なんにも考えてないアスカがなんにも考えてない発言をする。

 しかも大声で。


 この娘、カイトス将軍が純粋な厚意で、こんなに色々してくれてると思ってるんだべなぁ。

 借りがどんどん積み重なっているだけなのに。

 ほとんど返済不可能なほどに。


「ここまでしてもらっている以上、もし将軍に危急のことがあれば、絶対に駆けつけないといけないってことですよね。ネル母さん」


 俺が漏らしたため息を受け、ミリアリアが正解を口にした。

 そういうこと。


 完全にカイトス将軍の党与とみなされるってことなんだよ。

 将軍からじゃなくて、ギルドとか王国軍とかそういう人たちからね。


「いいんじゃありませんの? 事実としてネルママは将軍と仲良しなのですし」


 王都で流行の飴菓子なんぞをしゃぶりながらメイシャが言う。

 ったく、そんな砂糖を煮固めたようなものばっかり食べたら身体に悪いでしょ。俺の作った携帯食を食べなさい。携帯食を。


「縁起悪い話だけど、カイトス将軍が失脚したり、あるいは謀反を疑われたりしたら、俺たちも巻き込まれるってことだよ。メイシャ」


 肩をすくめてみせる。

 将軍がピンチのときに駆けつけるのは問題ない。むしろ当たり前だ。

 しかし、俺たちの思惑とは別のところで、行動が決められたり憶測されたりするのは、あんまり面白い話じゃない。


「ネル母ちゃんは考えすぎ! ハゲるよ!」


 けらけらと笑うアスカに、俺は思わず頭に手をやる。


 大丈夫だよね?

 薄くなったりしてないよね?

 苦労してるからなあ。







「カイトス将軍のバカーっ! だいっきらいーっ!!」


 アスカが叫ぶ。

 将軍の豪壮な別荘を見て。

 なんというか、だらだら掃除していたら一ヶ月くらいかかってしまいそうな広さだ。


「朝と言ってることが逆になってるぞ。アスカ」


 大好きとか言ってたくせに。

 あっさり手のひらを返すとは、冒険者の風上にもおけぬ娘よ。

 四天王の恥さらしだわ。


「立ちはだかる現実の前に、ネルママまでおかしなことを言い出しましたわ」

「あれだけの高額報酬ですからね。さすがに簡単な話ではないだろうって予想していましたよ」


 メイシャとミリアリアが笑っている。

 まあねー。

 別荘の掃除をするだけで金貨百枚の報酬とか、美味しすぎるもんな。


「嘆いていても始まりませんわ。現実と戦いましょう」


 ばっとメイシャが服を脱いだ。


「私は二階の掃き掃除から始めます」


 ミリアリアも続く。


「ていうか、なんでいきなりストリップを始めるんだよ。お前ら」


 下着姿の二人を見ないようにしながら指摘する。

 他人の別荘の庭で服を脱いじゃう美少女ってのは、新機軸すぎて誰の性癖に刺さるのかすら見当もつかないよ。


「服を汚さないために決まっていますわ。身体はお風呂に入ればきれいになりますけれど、服は替えがありませんもの」

「着替えくらい持ってこようよ!」


 思わずメイシャに裏拳ツッコミを入れてしまう。

 ぽよん、と、何やら柔らかいものに当たって、気持ちよく跳ね返された。


「いやん、ですわ」

「……大変失礼いたしました。けっこうなお点前で」


 そっちを見ないようにして謝罪と賞賛を送っておく。

 見えない方向にツッコミを入れるのはダメだね。


 ともあれ、こいつらは着替えも持たずに別荘にやってきたらしい。掃除とかしたら汚れるって予想つくじゃん。


 持ち物まで俺がチェックしてあげないとダメなのか?

 俺はお母さんか?

 いや、お母ちゃんって呼ばれてるけどさ。


「ネル母さんは重大な勘違いをしていますね」


 折りたたんだローブにとんがり帽子を乗せて、さらに杖を置いたミリアリアが、腰に手を当てて威張っている。


「勘違い?」

「私たちは、これしか服を持っていません。ない袖は振れないのです」


 ミリアリアであれば、いかにも魔法使い然としたローブと帽子。メイシャだと黒っぽい法衣とホーリーシンボル、腰に提げたメイス。アスカなら動きやすそうな貫頭衣にレザーブレスト、金属製の鉢金。


 いわれてみたら、いっつも同じスタイルだ。

 休息日に出かけるときだって、この格好である。

 気にしたことはなかった、というより、新米冒険者にしては良い装備だなーくらいしか思ってなかったよ。


「最初の依頼のとき! ちょっと無理して借金して装備を揃えたんだよね!」


 エッヘンと胸を反らしたアスカ。

 ぷるるんと健康的な乳房が揺れる。

 乳バンドブラジャーまで外しちゃダメだーっ!


 あと、ちょっと待って。


 お前らって借金持ちだったの?

 残債いくらあるの?

 お母さん、まったく聞いてないわよ。そんな話は。

 ちゃんと言わないとダメでしょ!

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