第22話 リゾートショッピング


 さて、アスカに下着をつけさせて掃除開始です。

 もうね、見ないようとか気を遣うような段階はとっくに過ぎてしまったよ。こいつら隠す気ないし。


 俺のことを誘ってやがる、とか色っぽい話だったら良かったんだけどな。

 ただ単に異性としてみていない。

 いや、むしろ家族として認識している感じだ。


 お母さんに裸見られたからなんだってのよ、みたいな?


 ほんとな。

 そんなに舐めてると、襲っちゃうからな。俺だって男なんだからな。

 どうなっても知らないからな?


 とか、益体もないことを考えながら、俺は庭の草むしりだ。


 家屋内は、まずはミリアリアが上から掃き掃除をして、その後ろをメイシャが拭き掃除をしている。

 最後にアスカがから拭きで丁寧に仕上げて完成だ。

 絶妙の三位一体トリニティプレイで、一部屋また一部屋ときれいにしてゆく。


 じつに息が合っていて、互いに互いが次に何をしようとしているのか、ちゃんと判っている感じだ。

 いいよな。

 そういうのって。


 願わくば、彼女たちにはその友情をずっと大切してもらいたいものだ。

 失ってから気づくんだよな。

 一緒にやってきた時間は、本当に楽しかったんだって。


「それにしても、どんだけ広いんだよ。この庭は」


 ぶちぶちと雑草を引き抜きながら独りごちる。

 お金って、あるところにはあるもんだよなあ。


 親しくしてはいただいてるけど、カイトス将軍って人はやっぱり国の重鎮、雲の上の人物なのだ。

 国王陛下にお願いができるくらいだもん。


 あ、当たり前だけど、俺たち庶民は国王になんて会えない。

 行事のときに、王城のバルコニーから手を振っているのを遠くから眺めるのがせいぜいである。


 よっぽどの功績を立てたら……たとえば敵の将軍を討ち取ったとか、そのくらいのことをしたら謁見の機会をもらえるかもしれないってレベルだ。

 それだって、謁見の間で何十歩分の距離を開けての対面だよ。


 言葉をかけられるとしても、直接じゃなくて侍従を通してってことになるし、こっちから何か言うなんてのは論外だしね。


 その点、カイトス将軍は直奏じきそうの権限を持ってるんだろうね。

 あ、直奏ってのは間に取り次ぎの人を挟まずに、直接王様とやりとりするってこと。

 俺お前の関係、みたいなもんだと考えると判りやすい。


 そんな人の知遇を得たんだから、かなりラッキーではあるんだけどね。

 庭の草むしりをやらされてるわけだけど!


「あっちー……湖で泳ぎてぇ……」


 視線をあげると、なまらきれいな湖が見えるんだわ。

 まあ別荘を建てるくらいの景勝地だから、そりゃ風光明媚に決まってるよね。

 それを眺めながら掃除に精を出す『希望』のむなしさよ。


「乗った!」


 二階の窓から声が響き、見上げれば下着姿のアスカがばーんと身を乗り出していた。


 慎め。

 引っ込め。

 誰も見てないとはいえ、そんな格好で窓から姿を見せるな。


「みんなで湖に遊びに行こうよ! ネル母さん!」

「まだ仕事中だろうが……」


 とはいえ、どう考えても今日一日で終わるように広さじゃない。

三、四日は泊まり込んでの作業になるだろう。

 そうなると、どのみち食料だのなんだのの買い出しは必要になるのである。


 まさかこんなでかい別荘だと思ってなかったからさ。王都に日帰りするつもりだったわけですよ。

 一刻(二時間)くらいでぱぱーっと掃除なんか終わると、たかをくくっていたのさ。

 現実に打ちのめされたけどね。


「そうだな。お前らの作業着も買わないといけないし、湖の方の商店街でもみてみるか」


 立ち上がった俺は、とんとんと腰を叩いた。







「ふおおお!」


 湖畔の商店街の品揃えはなかなかのものであった。

 アスカが奇声を発するくらいにね。

 さすが景勝地リゾートって感じで、あんまり実用的でない衣服なんかも揃ってる。


「すごいね! この服なんか紐じゃん紐! これを着てみんなでネル母ちゃんを誘惑しよう!」

「僧侶のまとう服ではありませんわ。ですが、ネルママがお望みであれば、至高神にはひととき目を閉じていただきますわよ」


 アスカの提案に、メイシャがむふーと鼻息を荒くする。

 なにやってんだか。


 なんでこんなもんが売ってるのかといえば、こういう景勝地ってのは普段とは異なったシチュエーションだから、仲良くする男女も多いんだろう。

 そのために来るカップルだっているだろうし。


「べつに望まないから買わなくて良いぞ。お前たちに必要なのはそれじゃない」

「ですよね。知ってました」


 達観した顔でミリアリアがきわどい衣装を陳列棚に戻す。

 まさか、お前さんまで着るつもりだったのか。

 あまりにも犯罪臭がするからやめてくれ。それは。


 三人娘を引き連れて俺が向かったのは、業者用の道具を扱っている店だ。


 まあ、景勝地がいつでも美しいのは、その美しさを保つべく努力している裏方がいるってこと。

 街の景観も湖の輝きも、勝手に美しくなっているわけではないのである。

 ちゃんと保守業者が手入れをしているのだ。


「夢も希望もないですわ」


 とは、煙突掃除人みたいな作業着を買ったメイシャのセリフである。


「裸で掃除するよりは何倍もマシだろ。俺だって目のやり場に困るからな」

「嘘ですわ。わたくしたちの裸なんか見慣れてるじゃありませんか」


 ぷんすかと怒る。

 店の中でそういうこと言うのはやめてね?

 店主や他の客から、殺人的な眼光で睨まれるんだから。おもに俺が。


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