第20話 将軍様にお願い!


 当然というかなんというか、アスカ、ミリアリア、メイシャの三人は有名になった。

 絵入新聞なんかにも大きく取り上げられて、実物より三割増しに可愛いイラストが紙面を飾ったりしている。


 そして調子に乗りやすい三人娘は、それを眺めてはニマニマしているわけだ。


 ちなみに、アスカは十部、ミリアリアは五部、メイシャは七部である。

 なにって? 自分が出ている絵入新聞を買い占めた部数さ。

 まさに無駄遣いの極致。

 新聞だって安くないのに。


 せいぜい、眺める用、保存用、布教用の三部くらいにしておけば良いのにな。


「もっとも、俺も無駄遣いに関しては他人のことを言えないんだけどな」


 一日いちじつ、俺はカイトス将軍の屋敷を訪ねていた。

 前に頼んだことの確認と、もうひとつ、新たに頼み事があって。


「本当に何度もすいません。将軍」

「良い。汝に貸しを作るのはそれがしとしてもじつに良い気分だ。いずれ貸しは返してもらおうと思っておるしな」

「はい。その際には多少の利子を付けてお返しできるよう、努力いたします」

「期待せずに待っておるよ」


 はっはっはっと、将軍が笑う。

 豪壮な屋敷の中の、広大な内院なかにわに設えられた四阿あずまやで。


 なんというか四阿なのに、うちのクラン小屋よりお金がかかってそうだけど、たぶんその比較は無意味だ。

 なにしろゼロにいくつかけたって答えはゼロだもの。


「して、例の件なのですが」

「問題ない。恩赦という形で釈放してやった。もちろん某の名でな。ライオネルのことが知れる要素はないが」

「が?」

「あの者、気づいておるやもしれぬの。某を見る目が手負いの獣のようであったわ」


 にやりと将軍が唇を歪める。

 某なら、後の禍根を断つためにとっとと殺してしまうがなと付け加えて。

 しかし彼の瞳は、あきらかに事態を楽しんでいるようでもあった。


 どん底にいるのに、なお闘争心を失っていないことに、多少なりとも興味を抱いたのだろう。


「いずれ命を狙ってくるやもしれんぞ」

「そのときは返り討ちにしますよ。これはまあ、けじめみたいなもんです」

「汝もおかしな男だの」


 それ以上の感想は口にせず、将軍が先を促す。

 俺は軽く頷いた。


 じつはここからが本題。いまの話は前段というか確認というか、わりとどうでも良い部分なのである。


「どうでもいいことの工作資金に全財産を注ぎ込む酔狂者もおるがな」


 ほっといてください。

 ともあれ、大事なのはそこではないのだ。


「今回の事件のことは閣下もお聞き及びのことと思います」

「うむ。大活躍だったな」


『希望』の三人娘はもてはやされ、新聞にも取り上げられて、ちょっとした有名人になっている。

 その一方でアニータの立場は微妙だ。


 もちろん同情はされている。可哀想につらかったねと言ってもらえる。しかし同時に、好奇の視線にも晒されているのである。

 さらに悪いことに、所属している商会にも居場所がなくなっているらしい。


 強姦魔の七人を出してしまった商会は、かなり控えめにいっても倒産の危機だ。商会そのものが悪いわけではまったくないのだが、民衆からの評価なんてそんなものである。

 そしてその事態を招いたアニータに、従業員たちからの非難が集中しているのだ。


 まさに逆恨み。

 まさに言いがかり。

 彼らの論法だと、黙って彼女が耐えていれば良かった、という話になってしまう。


 まあ、そう思っているんだろうけどな。

 アニータが救われたことで自分たちが職を失うかもしれないとなれば、善人ぶってもいられないんだろうさ。きっとね。


「なので、閣下から救いの手を差し伸べて欲しいのです。彼女に」


 具体的にはカイトス家のお抱え商人に紹介するとか、あるいはいっそこの屋敷で雇用するとか、とにかく生きる道を用意してやって欲しい。

 というのが俺からのお願いだ。


「その程度はお安いご用だし、某の名声にも繋がることだから、叶えるのに吝かではないが。汝のクランで雇った方が話がはやいのではないか? ライオネル」


 下顎に右手を当てて将軍が問う。


 うん。

 まったくその通りだよ。

 その通りなんだけど、できない事情があるのだ。


「雇うお金が……ありません……」


 血を吐くような返答である。

 我がクラン『希望』は貧乏なのだ。とっても貧乏なのだ。クランとしての貯金なんかゼロに近い。クラン小屋の修理と維持管理に消えてるからね。

 つらいよう。


「いつも思うんだが、なんで汝ほどの軍師がそんなに貧乏暮らしをしているんだか。望みさえすれば仕官など思いのままではないか」


 カイトス将軍からもらった感状もあるし、ぶっちゃけガイリア領主のドロス伯爵のところだって、そこそこの待遇で迎えてくれるだろう。

 けど、アスカたちを放って自分だけ出世ってわけにはいかないじゃん。


 あいつらが一流の冒険者になるまで……なるまで……なるのか? 一流どころか、一人前にだってなれるのか?

 う……頭が……。


「俺はぁ、あいつらのぉ、先生ですからぁ」

「わかったわかった。泣きながら決意を語らなくていいんだよ。お母さんも大変だね」


 すごくなまあたたかい目で、ぽんぽんと肩を叩かれた。

 将軍にまでお母さんだと見られてるんだね。俺って。

 泣けるなぁ。


「そんなに金に困ってるなら、王都こっちにいるうちに指名依頼でも出してやろうか?」

「ぜひ! お願いします!」


 苦笑しながらの将軍の言葉に、一も二もなく飛びつく俺であった。

 だって、指名依頼ですもの。

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