第15話 現れた男は


 戦闘に巻き込まれて死んだ傭兵や冒険者は良い面の皮だが、これはしかたがない。

 仮に山狩りをやったって、犠牲者ゼロってわけにはいかなかっただろうからね。


 命の危険がある仕事だってのは最初から判っている話。

 それが嫌なら、農民でも商人でも、あるいは給仕でも、安全な仕事はいくらでもある。


 一攫千金や立身出世を夢見て冒険者になったからには、自分の命なんかはいつだって賭け台の上だ。


「王国軍のカイトス将軍から感状かんじょうが届いてますよ。ライオネルさん」


 一日いちじつ、冒険者ギルドに顔を出した俺に、ジェニファが話しかけてきた。


 感状ってのは、武勲や功績を称えた書状のこと。

 送り主のサインが入った一種の公式書類なので、こういうのを持っていると、仕官とかするときにものすごく有利になる。


「義理堅いな、あの人も。充分に報酬はもらったのに」


 正規のものにプラスして追加報酬までね。

 おかげで三人娘にベッドを設えてやることができたし、野ざらしだった風呂にも屋根と壁ができた。


 クラン小屋も、だいぶ住環境が整ってきたぞ。

 小屋から、廃屋くらいまでは昇格したと思う。


「それだけ感謝してるってことですよ。将軍職にあるようなお方が市井しせいの冒険者に感状をしたためるなんて、そうそう滅多にないことなんですから」

「畏れおおすぎるって」


 肩をすくめてみせた。

 さっきいったように感状ってのは公的な書類だから、当然のように王家が編纂する歴史書にも記載される。

 つまり、だ。

 俺の名前が歴史に刻まれるってこと。ほんの片隅にでもね。

 すごいことすぎてまったく実感がわかない。


「あと、あなたたちにもプレゼントが届いてますよ」


 ジェニファの言葉に三人娘が目を輝かせる。

 もし彼女たちの身体に尻尾がついていたなら、ものすごい勢いで振り回していたことだろう。


 アスカが受け取ったのは魔力が込められた長剣マジックソードだった。伝説級の、というほどのものではまったくないが、それでも並の冒険者風情が持てるような代物ではない。


「すごいすごい! これは、アスカブレイドと名付けよう!」


 両手で剣を頭上に掲げてみせるアスカ。

 迷惑な客である。

 あと、ネーミングセンスが謎である。


 ミリアリアには魔力を増幅させるサークレットが、メイシャには防御魔法の付与されたアミュレットが、それぞれ贈られた。


「すごいですすごいです! これは、ミリアリアタリスマンと名付けましょう!」

「すごいですわすごいですわ! これは、メイシャの守りと名付けるのがよろしいと思いますわ!」


 やっぱり頭上に掲げてみせる二人。

 センスというものを、どこの河原に捨ててきたのだね? きみたちは。

 もうちょっとなんかあるだろうよ。


「でもまあ、それ全部魔法屋に売れば、少しはマシなクランハウスに引っ越せるな」

『ダメ! ゼッタイ!!』


 ものすごい勢いで三人が唱和した。

 やっぱり?


 ということは、まだ当分の間はあのクラン小屋に住まないといけないってことだ。

 魔法の品物マジックアイテムまで所有してる冒険者が小屋住まいっていう、なかなかにシュールな状況だけどな。







 きゃいきゃいと騒いでいると、入口のスイングドアを開けて誰かがギルド内に入ってきた。

 いやまあ、べつに入店制限があるわけでもないんだけどさ。


 その誰かってのが見知った顔だったからか、俺の思考はちょっとおかしな方向に走ってしまったようだ。


「ルーク……」


 見知ったといったけど、こんなルークは見たことがない。

 頬はげっそりとこけ、目は落ちくぼみ、何日もまともに寝ていないのが丸わかりだ。


「ライオネル……」


 ふらふらと近づいてくる。

 瞳に灯る炎は、何を意味しているのか。

 俺はアスカたちを守るようにして立ち塞がった。


 と、目の前で足を止めたルークが、がばっと平伏する。

 両膝と両手、それに額を叩きつけるように床に付けたのだ。


「頼む! この通りだ! 『金糸蝶』に戻ってきてくれ!!」


 このセリフを、俺は以前にも聞いたことがある。


 五年前だ。

 浪費癖を注意したことで俺を追放したルークが、それから半年もしないうちに謝りにきたのである。

 クランの運営が立ちゆかなくなったためだ。


 あのとき、言いたいことは山ほどあったが、俺はルークを許した。彼との友情を信じたから。

 ちゃんと身を改めてくれると思ったから。


 しかしそれは、俺が勝手に抱いた幻想でしかなかった。


「お前は変わらなかったな。ルーク。相変わらずやりたいようにやっていただけだった」


 注意すればそのときは改める。

 判ったという。

 けど、それだけだった。


 しばらくすれば、また元通り。

 そしてついに、女とイチャイチャしているのを注意されたからというバカみたいな理由で、俺を二度目の追放処分にした。


 心が狭いといわれるかもしれないが、笑って水に流す気分にはとうていなれない。


「また金がなくなったのか? 運営が立ちゆかなくなったのか?」

「…………」

「俺が残してきた貯金を使っていいぜ。それに、まだもらってない分の給料があるだろ。それも使っていい」


 唇を歪めてみせる。


「…………」


 ルークは答えられない。

 そんなもん、とっくの昔に使いきってしまったからだ。

 こいつはそういう男である。


 クランの金は自分の金だし、クランに預けてある俺の金も自分の金だ。

 公私の別がまったくついてない。


「悪いが俺はもう戻らない。居場所を見つけたからな」

「……これほど頼んでもダメか?」


 これほどって。

 お前、一言も詫びてないじゃないか。


 床に頭を擦り付ければ誠意か? それで俺はすべてを水に流さないといけないのか?


「ガキの頃からずっと一緒にやってきた親友が頭を下げてもダメか?」

「ガキの頃からずっと一緒にやってきた親友を二度もクビにしたのはお前だぞ、ルーク」

「てめえ! 下手に出てれば!」


 がばっと起き上がり、右手を腰の剣に伸ばす。


 バカか!?

 ギルドで抜剣するつもりか!? 


「抜く? 抜いたらもう言い訳できないよ? おじさん」


 俺が制止するよりもはやく、アスカが前に出て立ち塞がる。

 両手を広げて。


 こんな子供が相手では、いくらルークでも短兵急な行動はできない。

 無言のまま、くるりと踵を返して去っていく。


「ネルさんごめん。わたし、余計なことしちゃったかな?」

「……いや。たぶんアスカはあいつを救ったんだ」


 ギルドで刃傷沙汰なんかを起こしたら、もうルークに浮かぶ瀬はない。

 除名されるだけでなく、間違いなく官憲に突き出され投獄されるだろう。


「ありがとな」


 赤い頭を撫でた。


「ん……」


 くすぐったそうに、アスカが目を細める。

 

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