第13話 山麓の戦い(2)
夜明けまであと一刻半(三時間)ほどって時間帯、人間の集中力が最も弱まるときを狙って夜襲があった。
雨のように火矢が降り注ぎ天幕を焼く。
怒号と悲鳴が飛び交い、意味もなく冒険者や傭兵が走り回る。
大混乱だ。
その間隙を突いて突入してくる反乱軍。
組織立った抵抗もできず、次々に傭兵たちが倒されていく。
あまりにも見事な奇襲は、たぶん内通者がいるのだろう。弱い場所を確実に攻撃している。
「ネルさんのいうとおりになったね!」
少し離れた場所から戦場を遠望し、アスカが興奮した声を発した。
俺たちが野営したのは、反乱軍が絶対に襲わないであろう、山狩りの出発点近くである。
弱小クランはそんなに手柄が欲しいのか、早く出発しても遅く出発しても報酬は一緒だぞ、なんて馬鹿にされながらね。
奇襲するとすれば、本陣か補給部隊でないと意味がない。
そこを潰すことで撤退に至らしめることができるんだから。
やる気満々の先頭部隊に、わざわざ仕掛けるバカなんかいないのである。
もちろん、本陣や補給部隊の場所が判っているってのが大前提。その情報を得るための内通者だ。
そしてそれは、カイトス将軍が用意した内通者なんだよ。
反乱軍に夜襲って選択をさせるためのね。
「つまり将軍は、最初から山狩りをするつもりなんかなかったってことですか? ネル先生」
「誰が先生か。でもそれで正解だよミリアリア」
五百名を超える人数で山狩りなんかされたら、百人程度の反乱軍では対抗のしようがない。
いずれは発見され、囲まれて袋だたきにされてしまう。
うまいことそこを逃げ出せたとしても、麓には王国正規軍の精鋭五百騎が待ち構えているのだ。
狩りの獲物のように追い回され、皆殺しにされるだけ。
完全に浮かぶ瀬はない。
と、思わせるのがカイトス将軍の情報戦略である。
冷静に考えれば、山一つを
いくらでも隙はあるし、死角なく囲もうとしたら一人あたりの索敵範囲がとんでもないことになってしまう。
逃げるどころか、各個撃破の対象にすることだって簡単だ。
「そういう冷静な判断をさせないために数を公表したわけさ。十倍の敵に囲まれて、のほほんと寝てられるヤツなんかいないからな」
「なんでそこでわたくしを見るのです? ネルママ」
メイシャの苦情は華麗にスルーしておいて、俺は説明を続ける。
味方の悪戦苦闘を眺めながら。
十倍の敵、絶たれた補給線、山狩りの開始は刻一刻と迫っている。ちょっとした絶望感に包まれるだろう。
そこに内通者が王国軍の情報をとどける。
本陣と補給部隊の場所だ。
値千金の情報である。夜襲でどちらかを潰せば、そのまま逃走することができる。
追撃もできないだろう。
それが唯一の勝機。
やるしかない。
そして反乱軍は時期を計り、最も反撃の難しそうな時間帯に実行した。
「カイトス将軍の思惑通りにな」
「それって、冒険者たちを囮にしたってこと?」
アスカが首をかしげる。
唇をとがらせているのは、ちょっと不満があるからだろう。
「そうじゃない。冒険者や傭兵なんて戦力と考えてないのさ。アスカ」
直情娘に俺は苦笑してみせる。
将軍にとって兵力というのは王国正規軍のこと。現地雇いの無頼漢なんか最初っから計算に入ってない。
たんなる数合わせなのである。
というより、そんな連中を戦力だと考えて作戦を立てる指揮官がいたら、頭の中がパラダイスすぎるだろう。
「ようするにいてもいなくても一緒ってことだな」
ことさらに犠牲にするつもりはないが、助けるために正規軍を割くこともない。
山狩りをした場合と同じ扱いだ。
自分の身は自分で守れ、と。
「捨て駒にされるのもむかつくけど! 期待されてないってのも、それはそれで腹立つ!」
むっきーってアスカが地団駄ダンスを踊った。
「そう言うなって。ここまでは俺たちの安全を確保する策、ここから先は手柄を立てる策ってのも用意してある。どうだ? のるか? お前ら」
にやっと俺は笑った。
死ぬ覚悟を決めた者は強い。
反対に、勝ち戦のときこそ人は命を惜しむ。
味方は勝利したのに自分は戦死しました、というのが最も間抜けだからだ。
だからこそ有能な指揮官というのは、勝ち戦のときこそ油断しないものである。
本陣に突っ込んできた反乱軍百名を、まるで綿のように柔らかく受け止めたカイトス将軍の手腕は、充分に特筆に値するだろう。
しかし、このときは味方の作戦行動を敵の戦意が上回った。
包囲の鉄環を食い破ろうと
必死の形相に、正規兵たちがややたじろぐ。
そこに反乱軍が槍を突き込むのだ。当たろうが外れようが関係ない。自分が刺されようが斬られようが気にしない。
まさに狂躁である。
「落ち着けぃ! 敵は死兵ぞ! まともに相手をするでない! 囲んで袋叩きにせい!」
数的優位を確立し、体勢的にも作戦的にも圧倒的に有利なはずのカイトス将軍が必死に指揮を執る。
戦場ではこういうことがおきてしまうのだ。
作戦もへったくれもなく勢いだけで押し切るという、まさに戦術家泣かせの状況が。
大剣を振るって指揮を執る将軍に狂兵が殺到する。
何人倒されようが気にも止めず。
腕を切り落とされたら、その腕を掴んで鈍器のように振り回し。
首を落とされたら、頭だけになっても噛みつき。
無茶苦茶である。
そしてついに凶刃が将軍に届こうとしたそのとき、無数の
ほんの一瞬、動きを止めてしまう戦場。
そしてその一瞬で俺たちには充分だ。
「冒険者クラン『
「正規軍のみんな! 助けにきたよ!」
ブロードソードを構えた俺と、ロングソードを振りかざしたアスカが灼熱の戦場に飛び込んだ。
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