第12話 山麓の戦い(1)
翌朝、俺たち『希望』の姿は馬車の中にあった。
ガイリアの西、徒歩なら二日ほどかかる山地で山狩りをおこなうためである。
なぜかといえば、この山に王家に逆らう反乱軍が逃げ込んだから。
数としては百に届かないらしいが、鬱蒼と木が生い茂った山の中で
彼らの本領は、平原での大会戦だからね。
顔や身体に泥を塗りたくって木陰や草むらに潜む敵を相手にするってのは、勝手が違う。
それで、そういう誇らしくない戦いに長けた者たちが招集された。
すなわち、冒険者や傭兵である。
近隣の都市に点在する冒険者ギルドや傭兵ギルドに命令が下り、不正規戦を得意とする無頼漢どもが選抜された。
その数じつに五百名。クラン数は百を超える。
俺たちもまた送り込まれたクランのひとつだ。
討伐依頼を立て続けに完遂しているというのが表向きの選抜理由。実際は、ギルドとして手柄を立てさせたいクランを選んでいる。
なにしろ王家からの命令だもの。
参加するだけでも箔がつくし、武勲をあげたら勲章とかもらえるかもしれない。
しかも圧倒的多数で臨む上に、周囲を王国正規軍が固めていてくれる。
最悪、山から平地へ追い払うだけで良いのだ。
美味しいなんてレベルじゃなくて、俺たちみたいな弱小クランに声がかかるはずがないような仕事である。
なんとか枠にねじ込んでくれたジェニファには大感謝だ。
日頃から焼肉に誘ったり、おべんちゃらを使ったりしてきた甲斐があったというものである。
「あんな貧乏くさい焼肉パーティーで恩を感じるとでも?」
あれ?
いまなんか変な
疲れてるのかな?
久しぶりの対人戦闘だし、多少の緊張はあるかもしれない。
俺以上に、三人娘も。
「相手は反乱軍……人間じゃない……相手は反乱軍……人間じゃない……」
ぶつぶつ言ってるミリアリアの頭に、ぽんと手を置いた。
「大丈夫か?」
「……自分を洗脳中です」
「その調子だ。ちょっとイカレてるくらいじゃないと、人なんか殺せないからな」
そのままぐりぐりと茶色の髪をかき回してやる。
人間を殺すってのは覚悟というか、ある種の割り切りが必要になるんだよな。
いまミリアリアがやっていたような、反乱軍は人間じゃないっていう思い込みもやり方の一つだ。
同族殺しって、そのくらい精神的な重圧がすごいのである。
それさえクリアしてしまえば、人間ってのはたいして強い敵じゃない。
ウルフのような俊敏さもないし、オーガーみたいなパワーもない。ハーピーみたいに空を飛ぶこともできない。
つまり、自分の能力と同一直線上にある敵ってことだ。
圧倒的な能力差がないなら、最後に勝敗を分けるの要素は一つしかないのである。
「殺意だね。ネルさん」
ごくわずかに張り詰めた声でアスカが正解を言った。
よし。
このくらいの緊張感なら、むしろプラスに働くだろう。
「ああ。絶対に殺すって思いが死命を制する。よく憶えていたな」
「えへへへー」
前に教えたことだ。
ゴブリンと戦ったときだったかな。
だいぶアスカも成長して、ゴブリン程度は片手間に倒せるようになったとき、すこし慢心が出てきたのだ。
珍しいことじゃない。ちょっと強くなると万能感に支配されるんだよな。誰でも。
で、案の定、囲まれて殺されそうになった。
そのときに戦場心得を教えてやったのである。
殺す気で向かってくる相手に弱敵なんかいないって。女子供だって、ナイフ一本あれば大の男を殺せるんだって。
アイテムとかテクニックとか関係ない。
絶対に殺すって思いこそが最大の凶器だ。
「アスカに言うことは一つしかない。油断するな。それだけだ」
「うん!」
「よく寝ましたわ」
馬車から降りたメイシャが、うんっと伸びをした。
こいつ、到着までの四刻(八時間)ほどの間、ずーっと眠っていたのである。起きたのってトイレ休憩のときくらい。
大度を通り越して、大丈夫かって訊きたくなるほどだ。
そのため、車中では緊張をほぐしてやることができなかったわけだけど、どうやらまったく心配はいらない感じである。
「異教徒との戦いと同じですわ。良い異教徒は死んだ異教徒だけ」
だそうだ。
三人娘の中で、もっともブレないのがメイシャなのである。
さすが世の中は肉だと豪語する女傑だ。
まだ十六なんだけどね。
アスカとミリアリアが子供っぽいから、自然と覚悟が定まったのだろう。
「つらくなったらいつでも言うんだぞ」
さらさらの金髪を撫でてやる。
主語を省いた言葉で。
「ネルママは優しいですのね。時期がきたらわたくしの純潔を差し上げますわ」
「なんでお前らはそういうことしか言わないんだよ」
苦笑して、わしゃわしゃわしゃ、と。
くすぐったそうにメイシャが目を細めた。
さて、朝のうちに出発した俺たちだが、予定の全クランが戦場に到着したのは、日も暮れかかるっていう頃合いである。
一晩の野営の後、翌朝から山狩りをはじめるらしい。
全軍を指揮するカイトス将軍って御仁の説明だ。
四十代後半に見える魁偉な大男で、背負った大剣はまちがいなく
いかにも歴戦の勇士である。
そしてたぶん、ものすごいタヌキだ。
この人、全部計算しているな。疑いなく。
俺はちょいちょいと三人娘を指で招き、耳元に口を寄せた。
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