第8話 良さげな依頼


 俺は冒険者ギルドを訪れていた。

 いやまあ、腕試しがしたいと三人娘が言うものだからね。なにかめぼしい依頼でもないかと思って。


 効率でいうなら討伐ものが美味しいんだけどな。

 緊急性が高いから報酬も良いし、依頼主にも感謝されるし。モンスターにしても盗賊団にしても民衆にとっては判りやすく悪者だから、こういうのをやっつけるとラクに名声が稼げるんだよ。


 もちろん、相手があることなんで反対にやっつけられちゃうケースだってある。

 ようするにリスクはあるけどメリットも大きいってこと。


「なにか良さげな依頼はないかな。ジェニファ」

「良さげって漠然と言われても……」


 ロビーをうろうろしていた職員のジェニファをつかまえて相談してみる。

 現状、そんなに名声を上げる必要はなくて、『希望』にとって大事なのは報酬額だ。


 最低限、クラン小屋の雨漏りは直したい。できれば外壁の修理もしたい。

 今は良いけど、冬になったら凍えちゃうもの。

 冷えは女の大敵っていうし、あいつらには暖かい寝床で眠って欲しいからね。


「こないだ発見された遺跡の地図作りマッピングとかどうですか? 依頼元は領主様なんで堅いですよ」

「本当に良さげな依頼を出してきたな。乗った」


 ジェニファの言葉に、俺は大きく頷いた。

 依頼主の身元が確実ってのは、じつはけっこう大きいのである。


 どんな依頼でもそうだが、べつにギルドが発注しているわけではない。あくまでも仲介しているだけだ。手数料を取ってね。

 冒険者から協賛金を巻き上げ、依頼元からは仲介手数料を巻き上げてんだから、えらくぼろい商売だ。


 まあ、それがギルドの運営資金になってんだけどな。

 どこからも金を取ってなかったら、ジェニファたちを雇うことだってできない。俺たち冒険者も、屋敷だの商店だのを一軒一軒まわって、何か仕事はないかと訪ね歩かないといけないわけだ。


 もちろん貴族から依頼なんて受けられないさ。俺たちみたいな身元不確かな連中が貴族街にのこのこ入っていったら、衛兵たちに追い払われるだけ。

 御用聞きをするどころじゃない。


 けど、こうやってギルドを介することで美味しい仕事も受けられるからね。

 なにが美味しいって、まず報酬の不払いがありえないってこと。


 ドケチな商人なんかと違って、これが次の仕事に繋がるんだから良いだろみたいな謎の理屈で値切ってくることもないしな。

 それなのに、上手く取り入れば貴族とのコネもできる。

 まさに至れり尽くせりっていう美味しい仕事なんだ。


 こういうのを回してくれるから、ギルド職員とは仲良くなっておいたほうがいいのである。


「ジェニファ愛してる。今度メシおごる」

「やですよ。どうせまたホープのクラン小屋の前で焼肉じゃないですか。貧乏くさい」

「貧乏くさいんじゃない。貧乏なんだ」

「ガイリアが誇る名門クランの副長だった人が、この没落っぷりですよ」


 くだらないことを言って笑い合う。


 コミュニケーションって大事なんだぞ。新人冒険者諸君。

 ただ依頼を受けるんじゃなくて、しっかりギルド職員と顔を繋ぐんだ。


 能力が同じだと仮定したら、仲の良い方に仕事を回そうって誰だって思うもんだからな。

 よく知らないヤツや仲の悪いヤツに、わざわざ良い仕事を回してやるなんて奇特な人間は滅多にいないもんさ。


「ところで名門といえば、噂を知っていますか? ライオネルさん」


 不意にジェニファが声を潜めた。







 どうにも『金糸蝶』に悪い噂が立っているらしい。

 いや、噂だけならまだ良いけど、現実問題として大きな仕事を失敗してしまったそうだ。


 ガイリアから王都ガラングランへの物資輸送を、期日までに完遂できなかったらしい。

 三日ほど遅れてしまったとか。


 なんだその程度かって思った人は要注意、『金糸蝶』が受けるような依頼である。

 個人の恋文を運ぶような仕事ではないのだ。

 おそらく軍需物資、それも緊急性の高いものだろう。


 簡単にいうと戦争で使う武器とか、糧秣りょうまつとか、あるいは攻城兵器とか、そういうやつだ。

 その到着が遅れるってことは、軍の行動計画に変更を余儀なくされる。

 下手したらそのせいで戦に負けちゃうかもしれない。


 遅れちゃった、ごめんね、てへ。

 では済まないのである。


「大雨で道が崩れてしまって、迂回したからって話なんですけど……」

「理由にならないって。そんなの」


 不測の事態への安全マージンを取って依頼は出されたはずだし、そもそも三日も遅れるのはおかしすぎる。


 ごく単純に『金糸蝶』が行程管理を怠っただけだろう。

 ガイリアからガラングランまでは一週間くらいの距離である。三日も遅れるとか普通にありえない。


「その程度のこともできないのか」


 思わず舌打ちしてしまった。

 もうまったく関係ないクランのことなのに。


「かなりのお叱りを受けたらしいですよ。賠償金の請求も」


 さらに声を潜めるジェニファ。

 それは俺に語っちゃっていい情報なのか?

 あるいは、わざと聞かせたな?


 けど、元『金糸蝶』で、しかも仲が良い俺だから口が滑ってしまった、ということにしておこうか。


「ま、よそのクランの話さ。俺には関係ない」


 ぽんとジェニファの肩を叩き、俺はギルドを後にする。

 あんまり詳しい話を聞いてしまうと、お節介の虫が騒ぎ出してしまうからな。

 

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