第7話 やっぱり私たちは持ってますね
「そうじゃないアスカ! つねに魔法使いの射線を意識しながら動くんだ!」
「うん!」
ちょこまかと蛇行するのをやめて、大きく円を描くようにアスカがコボルドどもへと迫っていく。
それに合わせて、俺は逆側へと円を描く。
どちらを狙うべきか、ほんの一瞬だけコボルドたちが戸惑った。
そしてその一瞬で、ミリアリアには充分。
戦場で動きを止めてしまった敵を見逃してやるほど、うちの魔法使いどのは甘くもぬるくもない。
「マジックミサイル!」
杖からほとばしった魔力弾が連続して着弾する。
予想していなかった攻撃にコボルドどもが混乱した。あさっての方向に狂犬みたいな顔で吠えるもの、頭を抱えてうずくまってしまうもの、どうして良いか判らずに立ちすくむもの。
いずれにしても絶好のチャンスだ。
「いくぞ。アスカ。遅れるなよ」
「了解! ネルさん!」
敵集団の左右から俺とアスカが襲いかかった。
これが基本。
遠距離攻撃で崩してから、近接戦闘組が突っ込む。
敵がしっかりと防御態勢を取っているときにぶつかったら、勝てたとしても損害が出てしまうからだ。
前にアスカたちがやったような、誰かが囮になって敵を釣り出すなんてのは一番ダメ。
俺たちは軍隊じゃないんだから、多少の損害は計算のうち、みたいな戦い方をしてはいけないのである。
損害はそのまま戦力減になるし、減った分を軍隊のように徴兵することもできない。まして、誰かが犠牲になることが前提の作戦なんて、誰が従ってくれるかって話だ。
勝つにしても、勝てないから撤退するにしても、犠牲を出さないようにってのが冒険者の戦い方なのである。
「崩れるぞ! ミリアリア!」
交戦の困難を悟った、というより、単純にびびってコボルドどもが逃走をはじめた。
「はい!」
逃げる背中に向けて次々とミリアリアが魔法を放つ。
これは敗勢を決定づけるため。
後ろから撃たれたら本能的に逃げてしまうからね。
けど、そういう状況下でもなんとかしようとあがく者もいる。そのへんはモンスターでも人間でも同じだ。
「メイシャ!」
「わかっておりますわ」
事態を打開するために狙うのは最大火力である魔法使い。そこさえ潰せば残るのは剣士だから、コボルドにも勝ち筋が残る。
ごくわずかなものだとしてもね。
当然のようにそう動くものと予想して、メイシャはミリアリアに向かって走るコボルドの背後を簡単に取る。
そして狙い澄ましたメイスの一撃。
血と脳漿をまき散らしてコボルドが絶命した。
「汚らわしい魔物ですが、どうか至高神の御許に導かれますように」
短く祈りを捧げ、少しダメージが蓄積してきたアスカに遠距離回復を飛ばす。
彼女の役割は中衛、前線と後方を有機的に繋ぐ役割だ。
地味だが、ここがしっかり機能しないと、前衛も後衛も安心して戦えないという重要なポジションである。
そこそこ肉弾戦ができて、魔法での支援もできるメイシャにこそ向いた役割だ。
これで指揮まで執れたら、俺がまったく必要なくなってしまうくらいに。
「依頼達成を祝して、乾杯!」
『かんぱーい!』
俺が掲げた木のジョッキに、三人娘が自分のジョッキをぶつけた。
たき火にくべられた薪が、ぱちぱちとはぜる。
祝勝会だ。
街の飲み屋ではなく、クラン小屋の前で。
酒は買ってきたもので、料理は俺が作ったものである。
宴会といえども無駄遣いは禁止。
貧乏くさいというなかれ。実際問題として貧乏なんだよ。我が冒険者クラン『
だいたい三人娘はよく食うから、外で食べたらいくらかかるか。
とくにメイシャな。
放っておくと永遠に食べている。
どうして太らないのか、たぶん世界の七不思議に数えて良いくらいだ。
「メイは栄養が胸に行っちゃうんだよねっ!」
きゃはははは、と、アスカが笑う。
すでに顔が赤い。
一番元気な娘だけど、酒には強くないのだ。
ジョッキ一杯のエールで陽気になれるんだから、お得な身体である。
ちなみにメイってのはメイシャのこと。アスカが呼んでいる愛称だ。同様にミリアリアのことはリリって呼ぶ。
俺のことはネルさん、またはネル母さん。
前者はともかくとして、後者はあんまり納得いかない。
そんなにお母さんっぽいだろうか。
「三十匹以上のモンスターにも問題なく勝てるようになりました。やっぱり私たちは持ってますね」
羊肉の串焼きを手に、ふふんと鼻を鳴らすミリアリア。
ちょっと天狗になってるかな。
立て続けに勝ってるし、
「草原や街道ではな。なんだかんだいってこっちが有利な局面で戦っているから」
頭ごなしにならないように気を遣いながらたしなめる。
ミリアリアだけでなく、すっとアスカも聴く体勢を作った。
本当に良い子たちだな。
残り一人はひたすら食べてる。
酒は最初に口をつけただけ。あとはずーっと食べてる。
会話に参加することもなく、無心に、一心不乱に食べて続けている。
「まだ視界がある時間だってことと、開けた場所で戦ったってことが勝因だ。もちろん他にもたくさんあるけど、この二点が大きいんだ」
こくりと二人が頷いた。
ぶっちゃけた話、遠くからぞろぞろと徒党を組んでやってくるモンスターなんて、怖ろしくもなんともない。
石をぶつけるでも矢を射るでも、撃退の方法はいくらでもある。十対一とか、あまりにも絶望的な戦力差があるならともかくね。
「モンスターの怖ろしさは奇襲だ。暗闇からいきなりブスリ。それが怖いんだ」
ジェスチャーを交えて説明する。
夜は人間の領域ではない。
だから人は闇を怖れ、今もこうして火を絶やさずにいるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます