第6話 小屋でした!


 懐かれた。

 なんか懐かれてしまった。


「ネルさん! このブレストどう? 似合う? 似合う?」


 子犬みたいに俺のまわりをぴょんぴょんしながら、アスカが訊ねてくる。

 既製品の革胸甲レザーブレストに、似合うもへったくれもないと思うんだけどな。


「ここ! ここ! 刺繍入れてもらったの!」


 左胸のあたりを指さしてる。

 よく見ると、申し訳程度に鳥っぽい刺繍があった。


 また無駄遣いしやがって……。

 アクセントの刺繍とか入れたって防御力は変わらないんだぞ。ていうか手数料いくら取られたんだよ。それ。

 分配された報酬は、もっと自分を磨くために使わないとダメでしょ。


 と、説教したい。

 説教したいけど、あんまり口うるさく言うと、また「ネルさんってお母ちゃんみたい。ネル母ちゃんだね」ってからかわれてしまう。

 じっと我慢だ。


「うん。似合うんじゃないか? たぶん」

「もっと感情込めて! 愛を込めて褒めて!」

「アスカは俺に何を求めてるんだ……」

「愛と勇気!」


 めんどくさい娘である。

 先日のゴブリン退治に続いて、立て続けに三つばかり依頼を片付けた。

 そしたら、アスカ、ミリアリア、メイシャの三人娘は、完全に俺に懐いてしまった。


 といっても恋人的なサムシングではない。

 お父さんとかお兄さんとか、そういう扱い……いや、お母さんだな。


 ほんとね。せめて師匠とか先生とか呼んでくれれば良いのに、いうに事欠いてネル母さんなんて呼ぶんですよ。この子たちは。

 古巣の『金糸蝶』では、ネルさんとかネル副団とか呼ばれることもあったけど、ここではお母さんなんですよ。


「装備を調えるのは大事だが、日常生活もちゃんとしないとダメだ。とっととシーツを出せ。洗ってしまうから」

「はーい」


 どたどたとアスカが小屋の二階へと駆け上がっていく。

『希望』のクランハウス、もといクラン小屋である。

 ハウスなんて立派なものではない。


 老朽化して使われなくなった水車小屋を譲り受け、クランの本拠地にしたんだそうだ。

 で、想像に難くないと思うんだけど、老朽化して使われなくなったってことはものすごくボロい。

 こんなところで寝たら、かえって体力を消耗しちまうだろうってレベルで。


 懐かしいな。

『金糸蝶』だって、スタートはこんなもんだった。

 雨漏りと隙間風を友として暮らしていたもんだよ。


「走るな! 床が抜ける!」

「ごめーん!」


 言葉と一緒に三人分のシーツが降ってくる。ロフトから。

 あ、ロフトというのは納屋とか家畜小屋にある、干し草を入れておくための屋根裏スペースのこと。


 昨今は、天井を高くとって部屋の一部を二層にしたモダンな部屋のことを指すこともあるみたいだけどな。

 うちの場合は、完全に本来の意味でのロフトですよ。


 そこに三人娘が身を寄せ合って住んでいる。俺は一階ね。

 さすがに年頃の娘さんと同衾するってわけにはいかないからな。


 ともあれ、クランの金が貯まるまではこの小屋で我慢するしかないのである。

 貧乏ってつらいね。


 ただまあ、もともと水車小屋だっただけに、川がすぐそばにあるのが助かる。

 洗濯にしろ炊事にしろ、水は不可欠だから。

 ちなみに俺がこのクラン小屋にきて最初にやったのは、外に物干し台とかまどを作ったことである。


 信じられるかい?

 こいつらクラン結成から一ヶ月間、炊事も洗濯もしてこなかったんだぜ?

 食事は外食で、服のまま雑魚寝。身体は川で洗うだけ。


 ほんと、よく病気にならなかったもんだよ。

 若いって良いよね。


 まあ、三人とも孤児院の出身だから住環境にこだわりがないってのもあるだろう。俺やルークと同じで。

 雨露がしのげて、身体を横にできる広さがあれば充分、なんて考えちゃうんだよな。






 そんなわけで、俺がまず手を付けたのは住環境の整備だ。

 しっかり飯を食い、しっかり睡眠を取り、身体を清潔に保つ。

 そうすることによってはじめて冒険者として十全な活躍ができるのである。


「ネルさまぁ! もらってまいりましたわよぉ!」

「重いです。魔法使いに肉体労働はつらいです」


 洗濯物を干していると、メイシャとミリアリアが帰ってきた。

 街の方から、ごろごろと巨大な鉄釜を転がしながら。


 ギルドの大食堂で釜を新調するという話を聞いたので、古いやつをもらうことにしたのである。

 人間が入れるくらいの大きさだったからね。

 もちろん料理をするためでなく、風呂を作るのだ。


 石組みのかまどに鉄釜を乗せ、下で薪を燃やしてお湯を沸かす。簡単だけど川で水浴びよりはマシのはず。

 屋根や壁については、後日の課題としておく。


 現状、女しかいないわけで覗かれる心配もない。唯一の男は俺だけど、不埒な行為などしないと信頼してもらうしかないね。

 一緒に暮らしているんだし、そこは大前提だ。


「わたくしはべつにネル様と一緒に入ってもよろしいですわよ?」


 うん。

 まったく良くないよね。メイシャ。

 きみは聖職者なんだから、もうすこし慎みをもたないと。

 その悩殺ボディについてもちゃんと自覚すること。

 世の中には狼が一杯いるんだからね。


 あと、街に行くたびに大量の肉を買ってくるのはやめなさい。毎日毎日、肉ばっかり食べたら身体に悪いでしょ。


「私の胸なんかはひやかしみたいなものですから、気にせず一緒に入りましょ。ネルさん」

「気にしろ」


 なんだよ。ひやかしみたいな胸って。

 むしろ胸以上に隠さなきゃいけない場所があるだろうが。

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