第9話 遺跡探索(前編)


 第十七号遺跡という仮称が与えられた遺跡は、マテウスの森で発見された。

 見つけたのは木こりの方々である。

 もちろん内部に侵入してはいない。どんな危険があるか判らないからね。場所だけ憶えて役人に報告した。


 で、役人から領主へと報告があがり、冒険者ギルドに調査依頼が出たといういきさつである。


「都市型遺跡か。侵入しなくて正解だったな。これはかなりの数が住み着いてるぞ」

「モンスターの巣窟だよね!」


 遠望して呟いた俺に、アスカが元気に応えた。

 青い瞳が好戦的にきらっきらと輝いている。

 戦いたくて仕方がないって風情だ。

 このバトルジャンキーめ。


「今回は平原戦じゃない。どこから敵が飛び出してくるか判らないから、つねに全方向警戒だ」

「はい」

「判りましたわ」


 ミリアリアとメイシャが頷く。


 崩れかけた建物の影、生い茂った灌木、蔦の絡まった石塔、身を隠す場所はいくらでもあるのだ。

 息を潜めて俺たちが通過するのを見送り、背後からブスリ。なんて状況も充分に考えられる。


「それに、戦いだけが目的じゃないからな。そこを忘れないように」


 討伐依頼であれば、敵をやっつければそれでおしまい。完遂だ。


 しかし今回は地図作りマッピングが目的である。

 もちろん寸法まで測ってこいって話ではない。どこにどういう建物があって、どういう構造だったのか、そういう情報を地図に記載して持って帰るのだ。


 本格的な探求に先駆けた予備調査みたいなものだと思ってもらえれば目安となるだろう。

 安全な仕事ではまったくない。


 が、実入りがものすごく大きいのである。

 まず、調査中に見つけた宝物に関しては、そのままポケットに入れてかまわない。さすがに根こそぎ全部持って帰ったら問題になってしまうけどね。ある程度は役得として黙認されるんだ。


 さらに、未調査ってことは魔法の品物マジックアイテムなんかも手つかずで残ってる可能性がある。

 そんなの見つけちゃったら大ラッキーだ。


 自分で使うも良し、売り払うも良し、バラ色の未来図ってやつである。

 もちろん、死んでしまったらバラ色もババ色もあったもんじゃないけどね。


「慎重に行くぞ。安全第一でな」

「了解!」


 隊列を組んで歩き出す。

 最前列はアスカ、その後ろにメイシャとミリアリアが並び、殿軍しんがりは俺だ。


 ようするに、剣士ふたりで魔法使いと僧侶を挟んでいるような格好である。前後どちらからの襲撃にも対応できるように。

 本当だったら俺が前列に立った方が良いんだけどね。経験からいっても。


 でも、どーしても自分がやるって、アスカに押し切られてしまった。

 都市型遺跡とはいえ迷宮ダンジョンでの先頭ポジションは、まだはやいと思うんだけどな。

 単純な戦闘力以外にもいろんなものが要求されるし。


 けど、心配だ心配だって安全な場所に置いておいたら、彼女たちだって成長できない。

 俺は心を鬼にして、鬼教官になったつもりで、千尋の谷へと我が子を突き落とす獅子の心境で、三人娘の自主性を重んじることにしたのだ。


 とりあえず、一番後ろから彼女たちを監督する。あとは後ろからの危険はしっかり排除する。

 娘たちが前だけ向いて冒険できるようにね。






 石造りの建物から踊り出す影。

 動揺も見せずにアスカがロングソードを一閃させる。


 よし。

 良い判断だ。


 こんなところに味方がいるはずがないからね。誰何すいかなんてする必要はない。近づいてきたものは問答無用で切り捨てるってくらい神経を研ぎ澄ませておくのが正解だ。

 だが、影は倒れなかった。


 ちょっとバランスを崩したけど、そのままアスカにつかみかかってくる。


『ま゛』


 というなんともいえない音を発して。


 人型ではあるが、あきらかに人間のカタチはしていない。目も鼻も口もない頭部と、やたらと長い手足。魔法生物……いや、魔導人形ゴーレムだな。


 攻撃が通用しなかったのに驚きながら、アスカがバックステップで攻撃をかわす。

 ちらっとミリアリアに視線を飛ばしたのは、魔力付与エンチャントをしてくれって意味だろう。


 しかし、彼女の無言の要望は叶えられなかった。


「まままマジックミサイル!」


 音程の狂った叫びとともに、光のつぶてがミリアリアの杖からほとばしる。

 ろくに狙いもつけられていない。

 むしろアスカなど慌てて射線上から退避したくらいだ。


 数発は命中したものの、ゴーレムはさしたるダメージ受けた様子もない。


 ったく。なにやってんだよ。

 魔法生物や魔導人形の魔法防御が高いのは常識だ。射出型の攻撃魔法では効果が薄いのである。

 まして最も初歩的なマジックミサイルでは、たとえ全弾命中したって倒せないだろう。


「ミリアリア」

「ひゃい!」


 善後策を指示しようとした俺に、身体ごと振り返る。

 やめなさいって。なんで杖をこっちに向けるのさ。

 初めての敵、初めての奇襲にテンパりすぎだから。


「メイシャ。アスカに付与を」


 ポンコツになってしまったミリアリアへの指示出しは一瞬で諦め、メイシャに指示を飛ばす。


「はいですわ! 聖なる光よホーリーウェポン!」


 アスカの剣が清浄な純白の輝きを放つ。

 これがこのチームの強みだ。

 魔法職が二人いることで、不測の事態でもけっこうリカバリが利くのである。


「いいですわよ。アスカ」

「さんきゅ! メイ! たぁぁぁ!」


 身を低くして走り込んだアスカが、掬い上げるような一撃でゴーレムを両断した。


『ま゛』


 左右二つに分かたれた人形が、がしゃんと音を立てて地面に転がる。

 お見事。

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