第56話 魔溜まり。

 あまりにもその魔が濃く生き物の身体に作用すると、次第にその生物は魔に支配された魔物となり。


 そして。


 より高濃度高純度の魔を取り込む事でその魔物の身体は魔石を生む。生物としての肉体はそこで魔に溶け去り、新たな魔で出来た身体を得て魔獣に進化するのだ。


 魔よりそのまま湧いて生まれる事もあるけれど、生き物が魔物となり、そして魔石を宿し魔獣となることもある。


 人とてもそれは例外では無いのだけれど、幸いにして人の心、レイスを構成する高純度のマナがその魔に侵されるのを防ぐ為、滅多なことでは魔人が生まれることは無い。


 ——例外は魔王石、かな。


 はう、アリシア。


 ——魔王石は高純度のマナの結晶って言いましたけど、実のところそれは魔王のレイスそのものの結晶でもあるって事なのです。それを自身のレイスに取り込んでしまうと魔人、ううん、魔王にさえなってしまうのかもしれない。


 魔王に?


 ——バルカがそうでしたね。まあわたしもですけど。


 はう。


 あたしももしかして魔王になるかもしれないの?


 ——わたしの場合は魔王石と融合しちゃいましたからね。外から穴を開ける、ゲートを開くだけならそこまで心配はしなくても大丈夫、かな?


 うーん。なんとなくだけどアリシアも自信なさげ?


 ——試した事、ないですからね……。わたしのゲートを開けたのが魔王石からのダウンロードだったからってだけなので……。


 そっか。


 でも、あたしの今の状況はもうそれに頼るしか手がないかもだし。




 ☆☆☆☆☆


 目の前に出現した一角大兎を見て、あたしはここに来る前にアリシアと交わしたこんな会話を思い出していた。


 あのホーンラビットはまだ魔獣になっていない魔物の状態だったはず。それは皆感じてた。魔獣として生まれたホーンラビットならこの大兎ほどでは無いにしろもっと禍々しい気を発していたし。


 魔物が魔獣に進化する場面なんてそうそう遭遇するものじゃないけどこんなにも急激に変わるなんて思わなかった。それもこんな大きく変化するなんて。


 小さな魔物の時とは段違いに膨らんだその魔力。あたしたちに臆することも無くこちらを狙い見るその禍々しい瞳をみて、一瞬ぞくりとした。


「あたいが行くよ! カイヤはレティシアを守ってて!」


 ティアが龍のシズクを握りしめ龍化する。身体や手足が緑の鱗で覆われ頭にも二本の龍のツノが生える。


 翼をバサッと羽ばたかせ一角大兎に詰め寄るティア。その右手の爪で一閃。大兎の首元にくっきり爪痕が残りこれで終わりかと思われたけどまだ甘かった。ティアの攻撃にも怯まず頭のツノ振り回すその魔獣。


「危ない!」


 間一髪で避けるティアが一歩後ろに下がるのを逃さず追撃する大兎!


 ああ、だめ。


 黙って見ていられないよ。


 大兎の邪気に引き寄せられたか周囲には他の魔物の気配がする。ガサガサと木々が揺れ顔を出す魔物たち。


 魔溜まりはまだ並々とそこに在る。ああ、ダメ。


 あれだけの魔物が大兎並みの魔獣になってしまったら、そう思ったらいてもたっても居られなくなり。


 あたしは走り出していた。その魔溜まりに向かって。


「ダメだ! レティ!」


 背後からカイヤの静止する声が聞こえたけど振り向いている暇も無かった。


 滑り込むようにその魔溜まり辿り着いたあたしは左手をその水面に突っ込む。ビリっと皮膚が破れるような痛みを感じたけどかまっていられない。「お願い、キュア! この魔を浄化して!」そう願った。

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