エピローグ
海の底から帰ってきて、数日が経過した。
マナの穢れ――その原因であった海の精霊を浄化したおかげで、色々な問題が解決した。
アクアフィリスの女王は無事に回復したし、異常な悪天候もなくなった。
しかし、海の精霊が言っていた通り、環境の回復にはまだ時間が掛かりそうなのだ。
つまりマリンシェルでは、まだ魚が捕れないまま。
じきに海も元気になって魚も捕れるよになるとは思うけど、それまでマリンシェルは別の方法で町の運営資金を得なければならない。
つまり錬金術師としてのわたしの仕事は、まだ続いているのであった。
問題はもうひとつ。あの「声」の正体だ。
口振りからして、精霊の暴走は声の主が引き起こしたみたいだけど……
当事者である海の精霊も、そう話していた。自分をこんな姿にしたのは、わたしと同じ人間だと。でも、詳しいことは覚えていないそうだ。
マナの穢れを引き起こす存在……無視するわけにはいかない。詳しく調査しないとだけど……今はマリンシェルの問題だ。
「うーん……なにか新しい町の特産品を作り出せればいいんだけど」
工房の机で、わたしは頭を捻る。
どこかの誰かが真似できないような、唯一無二のなにか……
「ではクロ様、このオヤカタの桃きのこなどいかがですか?」
すっかり元気になったオヤカタくんが桃きのこを差し出してくる。
「それはダメ」
「なんと!」
桃きのこは、幻のきのこにしておくべきだと思う。
まぁ、貴重な研究素材だからっていうのもあるけど。
わたしの目標――万能薬を作る手掛かりになる気がしているのだ。そんなわけで、あまり外に流出させたくはない。
「チコとぉクロさんのぉ愛の思い出を綴った伝記とかぁ」
「却下」
頬に手を当てて身をよじるチコをばっさり。
「そんなぁ……」
「需要ないでしょ」
「ありますよぅ! チコに!」
ダメだこの子。
「で、では自分とクロの、あああ、愛のっ」
「ロゼ、無理してボケなくていいんだよ」
むう、とロゼはなぜか肩を落として意気消沈する。
「ミュウはなにかある?」
わたしは隣に座るミュウに意見を求める。
――そう、ミュウがいるのだ。
再び人間の姿に変身して、わたしの家に暮らしている。
ミュウは家出を続行したのだった。
まぁ、今回はちゃんと女王……お母さんに許可を貰っているから家出とは言わないけど。
理由は、やっぱり地上を知りたいからだろう。
そして、ミュウは錬金術を学びたいらしいのだ。
精霊が見えるし、声も聞けるから、ミュウにも資質はあると思う。
だから、わたしはミュウに錬金術を教えることにした。
なんて師匠に知られたら、怒られそう。
いつから人に教えるほど偉くなったんですか? とかなんとか。
「うーん……」
ミュウは口に手を当て、考え込む。
「あっ、これはどうっ?」
ミュウが手の中からなにかを机の上に転がす。
「これって、桃真珠?」
ミュウの涙が真珠になった物だ。
「うんっ! ワタシが何個か涙を真珠にして……それから錬金術で複製すれば、たくさん作れるよねっ!」
願いの叶う真珠か……たしかにいいかも。
「あっ」
不意にミュウが声をあげる。
「どうしたの?」
「クロちゃん、ほっぺ擦りむいてるよ?」
「え、どこ?」
さっき採取に出かけたときに怪我したのかな?
「んー」
ぴとっ、と頬にくすぐたっくて柔らかい感触があった。
ミュウが、わたしの頬に口づけしたのだ。
「な、なにをっ」
全身が熱くなる。顔が紅潮するのを感じる。
「えへへ、治癒能力だよっ」
ちょっと恥ずかしそうに、ミュウが言った。
「くああああ! このハレンチ人魚、今なにをしたあああ!」
チコが絶叫する。
「お、落ち着けチコくん!」
ロゼが慌てふためく。
「ふむう、青春ですなあ」
オヤカタくんがしみじみ口にする。
「あ! そうだクロちゃん、またワタシを泣かせてっ! 真珠出すからっ!」
――なんというか、騒がしい。
賑やかなのは苦手だったはずなんだけどなぁ。
でも、不思議と心地よかった。
こんな日々が、ずっと続いてくれたら――わたしは幸せだ。
海の町の錬金術師と桃真珠の人魚姫 景山千博とたぷねこ @kageyamatp
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