クロのために2

 アクアフィリスを出て、東に少しだけ泳ぐ。

 すると、高い岩壁にぽっかりと空いた大穴が見えてきた。


「うわあ、懐かしい……」


 町からすぐ近くの場所だというのに、ここを訪れるのは数年ぶりだ。


「虹色珊瑚、あるといいんだけど」


 ミュウは洞窟の入口に近づく。


「崩落の危険あり! 進入禁止!」


 そう記された看板が目に入った。


「うう……」


 少し怖じ気づきそうになる。


「だめだめ、がんばれワタシ!」


 頭を振って、ミュウは勇気を奮い立たせる。

 クロのために虹色珊瑚を手に入れると決めた。それが、母親を救うことにも繋がる。

 だから、怖がってなどいられない。


「行きますっ!」


 自らを鼓舞するように発して、ミュウは洞窟の中に進む。

 人魚であるミュウの目には、深海の闇も洞窟の闇も関係ない。

 狭い洞窟内部を泳ぎながら、虹色珊瑚を探す。

 何度か見知らぬ生物に出くわして驚いたり怖がったりしながら、ミュウは洞窟の最奥部にまで到達した。

 狭い通路から、開けた空間に出る。


「ここって……」


 おぼろげだが記憶にあった。小さい頃、ヨナと一緒によく遊んだ場所だ。

 周囲を注意深く見渡して、虹色珊瑚を探す。


「あっ!」


 思わず声を上げる。上方、岩の天井にキラキラと光る物体を見つけた。

 ミュウは弾かれたように泳いで、その物体へと近づく。


「綺麗……」


 それは、まさしく虹色に輝く珊瑚だった。

 子供の頃には見慣れていたはずの物なのに、改めて見るとその美しさがよくわかる。

 ミュウは持ってきた道具で虹色珊瑚を慎重に削り、袋の中に入れる。


「もっとあった方がいいかな」


 他にも虹色珊瑚がないか、周囲を調べようとしたときだった。


 ――――ズン。


 鈍い地響きのような音が、ミュウの耳朶を震わせた。


「な、なに?」


 次いで、地鳴りと共に洞窟全体が激しく揺れ始める。


「わわわわわっ!」


 このとき洞窟の外、高い岩壁の上部で黒い影――海の精霊が蠢いていた。洞窟内部にいるミュウには知る由もなかったが。


 段々、地鳴りと揺れが強くなる。ミュウの頭上で、岩に亀裂が走る。


「に、逃げないとっ!」


 慌ててミュウは泳ぎ出した。それとほぼ同時に、岩の崩落が始まる。

 崩れ落ちてくる岩を避けながら、全力で泳ぎ出口を目指す。

 自分でも驚くような速度でミュウは進む。そして、出口はもうすぐそこという所に来た。


「もうちょっとっ!」


 ミュウが出口へと近づく。

 まるでそれを見計らっていたかのように、ミュウの頭上から岩が降り注ぐ――

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