クロのために1
クロが錬成を開始した。ミュウは固唾を呑んで見守る。
暴走した海の精霊を治すための浄化薬を作るという話らしい。正直、ミュウには難しいことはよくわからない。
だから見守って、応援するしかできなかった。ミュウとしては力になりたいけど、クロに任せる他ない。ふがいないという気持ちは少なからずあるけど、自分に手伝えるようなことはないのだとミュウは理解していた。
ミュウには錬金術の知識はない。そんな自分が手伝いを申し出ても、かえってクロの邪魔になってしまうだろう。
クロちゃんっ、がんばって!
心の中で祈るように念じる。
クロが材料を投入した釜に向かって、手をかざしている。ああやってマナを制御して、道具を生み出しているのだと以前に説明された。
難易度の高い錬成ほど、マナの制御もまた難しいとも。
「……ああダメだ! ミュウ、離れて!」
「へ?」
慌てた様子で、クロが釜から離れる。そのままミュウの腕を引っ張って、遠くに泳いで釜から距離を取った。
「どうしたの、クロちゃん」
「失敗した」
苦虫を噛み潰したような表情で、クロが短く答える。
ややあってから、強い光を放つ釜は「ボン!」と鈍い音を立てながら爆発した。
「び、びっくりしたぁ……」
ミュウは率直な感想を口にする。思わずクロの腕にしがみついてしまった。
「……ここが水中でよかった。いや、よくないんだけど。工房だったら大惨事になっていたかも」
クロの声音はどこか沈んでいる。
「ごめんね、ミュウ。せっかく材料を調達してもらったのに失敗しちゃって」
「ううん、クロちゃんは悪くないよ! また挑戦しよっ!」
「ミュウ……ありがとう。材料はまだ大丈夫だから、もうちょっと配合とマナの制御を調整したりしてみよう……」
ボン!
釜が爆発する。これで四度目の失敗だった。
「ぬあああ……なにがダメなんだぁ!」
クロが頭を抱えながら身悶える。
「マナの制御が完璧じゃないっていうのは認めるけど、それだけでここまで……そもそも材料の品質……?」
クロがブツブツと唱えた独り言を、ミュウは聞き逃さなかった。
材料の品質。もしかしたら、自分が持ってきた虹色珊瑚がよくないのかもしれない。
あれを渡したとき、クロは微妙な反応だった。それに、ミュウも引っかかっていたのだ。
記憶にある虹色珊瑚は、もっとキラキラと輝いて綺麗だったはず。
でも今回、ミュウが町の雑貨屋でもらってきた虹色珊瑚は、あまり綺麗だとは感じられなかった。いや、正直かなり状態が悪かったような気もする。
やっぱり、原因はあの虹色珊瑚なのでは……
「ごめんね、ミュウ」
「えっ」
「失敗ばっかりしちゃってさ。でも、絶対に浄化薬を完成させてみせるから。海の精霊を治して、ミュウのお母さんを助けないとね」
ダメになった材料を片付けながら、クロはそう言った。
「クロちゃん……」
違う。クロちゃんは悪くない。
自分がちゃんとした虹色珊瑚を用意できなかったせいだ。
「……よしっ」
ミュウは決意を込めて呟いた。
今度こそ、ちゃんとした虹色珊瑚を調達しよう。
「クロちゃんっ、待っててね!」
「え、待ってろって、どこ行くのミュウ!」
驚くクロの声を背に、ミュウは書庫を飛び出す。
そのまま城を出て、ミュウは町の雑貨屋までやって来た。
「おや、またいらしたんですかい、姫様」
店主のおじさんが不思議そうにミュウを出迎える。
「うん……」
「どうですかい、お渡しした虹色珊瑚は役に立ちましたかね」
「あのねっ、おじさん」
ミュウは店主に事情を説明した。
「ふうむ、もっと状態のいい虹色珊瑚ですか」
店主は困ったような顔で自身の禿頭を撫でた。
「うんっ、虹色珊瑚って、もっとキラキラしてるのがあるよねっ?」
「たしかに姫様の仰る通り、品質のいいもんは宝石のような輝きを持ってますわ」
やっぱり。ミュウも幼い頃、綺麗な虹色珊瑚を採ってきて宝物にしていた記憶がある。
「しかしですなぁ……最近は姫様にお渡ししたようなもんしか採れんのですわ」
太い眉を下げ、店主は申し訳なさげにそう説明した。
「そう、なの?」
「ええ。海の精霊が暴れとる影響とかなんとかで……」
「そんな……」
ミュウは呟いて、顔を俯かせた。
クロちゃんのためにっ、と盛り上がっていた気持ちが萎えていくのを感じる。
「でも、もしかすっと、あそこならあっかもな……」
「え?」
店主の言葉に、ミュウは顔を上げた。
「おじさん、あそこって?」
「ほれ、アクアフィリスの近くにある洞窟ですわ」
「洞窟……あっ」
少し考えて、すぐに思い当たる。アクアフィリスのすぐ近くにある洞窟。
それはミュウが、幼い頃にヨナとよく遊んだ場所だ。そういえば昔、あそこで採れた虹色珊瑚を宝物にしていたような気がする。
「あれ、でもあの洞窟ってたしか」
「そうなんですわ」
ミュウが言い切る前に、店主が肯定する。
「崩落する危険があるから、進入禁止なんですわ」
「やっぱり、そうだよね」
いつだったか、父や母から「あの洞窟にはもう行っちゃいけない」と厳しく注意されたのを思い出す。それ以来、ミュウは言いつけを守って洞窟に近づいていない。
「姫様、馬鹿なこと考えねえでくださいよ」
「うん?」
「洞窟へ虹色珊瑚を探しに行こうなんて真似は決して……」
「あははっ、わかってるよう!」
答えながら、ミュウは心の中で「ごめんねっ、おじさん」と店主に詫びる。
クロのために、ミュウは両親の言いつけを破ると決めた。
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