海の底で8

 なにか唇に柔らかな感触がして、わたしは目を覚ました。


「――え?」


 瞼を開いたわたしの視界に飛び込んで来たのは、ミュウだ。

 ミュウが、わたしの唇を、自分の唇で塞いでいる。

 つまり、わたしとミュウが、キスをしている……?


「んなああああっ!?」


 奇声を発しながら、わたしは身を起こしてミュウを押しのける。


「きゃあ!」


 驚いたミュウが短い悲鳴を上げる。いや、驚いてるのは、わたしもなんだけど。


「クロちゃん! 目が覚めてよかった~!」


 ミュウがわたしに抱きついてくる。おおう、状況が飲み込めない。

 えっと、わたしは海の精霊と対峙して――

 そうだ、吹き飛ばされて……岩に背中をぶつけたんだ。そして気を失った。

 ……でも今、背中に痛みはまるで感じない。

 ぐりぐりと、わたしの胸に顔を押しつけてくるミュウの肩に、わたしはそっと手をかけた。ミュウが顔を上げる。


「ねえ、ミュウ……海の精霊は? あれから、どうなったの?」


「騎士団のみんなで、なんとか追い払ってくれたみたい」


「そうなんだ……あ、ロゼとチコは!?」


「安心してっ、二人とも無事だよ」


 ……よかった。


「そういえば、わたし怪我したはずなんだけど……」


「うん、オヤカタさんが運んできてくれたんだよ。背中に大きな傷があって……ぜんぜん目も覚まさないし……ワタシ、心配で心配で……」


「もしかして、ミュウが治癒してくれたの?」


 さっきのキス。あれが治癒のための行為だったのでは……

 あの感触を思い出して、わたしは自分の顔が熱くなるのを感じた。


「うん、そうだよ!」


 ミュウが快活な笑顔を向けてくる。


「あ、ありがとう……」


 と、そのとき。


「クロ様ぁぁぁぁぁっ!」

 部屋の中――そういえば、ここは客間かなにかだろうか――に、オヤカタくんが駆け込んできた。


「うおおおおん!」


 わたしが寝かされていた寝台の側まで来て、オヤカタくんは泣き崩れる。


「オ、オヤカタくん……?」


 顔を両手で覆い、オヤカタくんは嗚咽を漏らす。


「申しわけありません! このオヤカタが近くに居ながら、クロ様にお怪我を!」


「……オヤカタくんが、怪我したわたしを運んでくれたんだよね」


「は、はい……」


「ありがとう、オヤカタくん」


「クロ様ぁぁぁぁぁっ!」


 わたしがお礼を言うと、オヤカタくんは激しくむせび泣く。

 収拾がつかないなぁ……と、わたしとミュウは顔を見合わせて苦笑した。

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