海の底で7
アクアフィリスの外に出ると、そこでは騎士団と思しき武装した人魚たちが、黒く大きな影と戦いを繰り広げていた。
「あれが……海の精霊……」
大きな黒い影を見つめながら、わたしはそう呟く。
暴れ回る黒い影に、騎士団の人魚たちは歯が立たないみたいだった。
このままじゃいけない。都に入られたら、どんな被害が出るか……。
「ロゼ、チコ」
わたしは二人に身体強化の薬を手渡す。一応、わたしも飲んでおこう。
オヤカタくんは……あれ、いない?
わたしは辺りを見回す。……あ、いた。オヤカタくんは都の入口辺りから、こちらをじっと見ていた。なにやってるんだろう。わたしはオヤカタくんに近づく。
「どうしたの?」
「いやあ……こんな雰囲気の中で大変、言い辛いのですが……」
オヤカタくんは、申し訳なさそうな表情をわたしに向ける。
「実はオレ……精霊相手には戦えないんでした」
「そうなの?」
「はい、人間や魔物相手なら問題ないんですがね……すいません」
「ううん、大丈夫」
「クロ様、どうか気をつけてください!」
「ありがとう」
詳しい理由を知りたい気もするけど、今はゆっくり話してる場合じゃないよね。
わたしはロゼとチコの元に戻る。
「なにかあったのか、クロ?」
「謎きのこ、どうかしたんです?」
「よくわからないけど、精霊相手には戦えないんだって」
わたしの説明に、ロゼとチコは首を捻る。
「オヤカタくんじゃないけど……ロゼもチコも、精霊とは戦わないで欲しいんだ」
「どういうことだ?」
「精霊は世界には必要な存在だから。もし消滅させてしまったりしたら……」
わたしの言葉に、ロゼとチコは神妙な顔つきで頷く。
続きを言わなくても、二人ともわかってくれたようだ。
もし精霊が消滅したら……この辺り一帯がどうなるかわからない。精霊と深く結びついているというミュウのお母さんも。だから――
「あくまで追い払うって感じでいこう」
「わかった」
「はぁい!」
そして、わたしたちは巨大な黒い影――海の精霊と相対する。
黒い威容が咆哮を放った。
海中を振動が伝わり、わたしの全身を震わせる。
咆哮に混じって、痛ましい声が聞こえてた。
『イタイ……クルシイ……』
これは精霊の声だ。海の精霊が苦しんで、悲痛な声を上げている。
なにが原因で、こんな状態に……いや、原因はマナの穢れだ。それはわかってる。
でも、どうしたらこれほどの穢れが……?
「行くぞ!」
細剣を抜いたロゼが、海の精霊に斬りかかる。
「チコもやります!」
拳を構えたチコが、海の精霊に突撃する。
――が、二人とも精霊の上げた咆哮によって弾き飛ばされてしまった。
「ロゼ、チコ!」
――駄目だ。ロゼやチコでも歯が立たない。
そんな相手を、わたしが腕力でどうこうできるはずもないだろう。
手持ちの道具でも、効果があるかどうか……とにかく、二人を助けないと!
わたしは相手の目を眩ます閃光玉を取りだそうとする。
同時に海の精霊がわたしを見た――ような気がした。
そして、激しい咆哮を上げる。
わたしは軽く吹き飛ばされて、近くの岩に激突した。
「あぐっ……」
「クロ様ぁぁぁぁっ!」
オヤカタくんの叫び声が聞こえる。背中が痛い。たぶん、怪我したなこれ。
わたしの意識は、そこで途切れた。
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