海の底で6
「え、アレってまさか……あの大きな黒い影?」
「そうですとも」
あれが海の精霊……いや待てよ、それはおかしい。
精霊は普通の人間には見えない。
ミュウとヨナさん、オヤカタくんは人間じゃないから、あの黒い影――マナの穢れに侵された精霊が見えても、まぁ不思議ではない。
でもロゼとチコも、あの精霊を目撃していた。
人魚に変身しているから見ることができた……?
それでも、納得のいかない点がある。
あの黒い影を見ているのは、わたしたちだけじゃない。
マリンシェルの漁師たちからも目撃証言があったとロゼは言っていた。
漁師たちが見た黒い影と精霊は無関係という可能性も考えられるけど……。
「精霊が人間にも見えているのが不思議なんですかな」
オヤカタくんは、わたしの疑問を察したようだ。
「うん……」
「正確には精霊を見ているわけではないんでしょうな」
「というと?」
「あの精霊は今、穢れたマナに覆われているわけで」
「そうか、みんなはマナの穢れを視認しているんだ」
濃度が高いマナは人間の目に見えるようになることもあるらしい。
「ですな」
疑問は氷解したけれど。
「精霊の穢れを浄化するなんて、どうすれば……」
「なにを仰る! 今こそ我が主、クロ様の出番ではありませんか!」
オヤカタくんは高らかに声を張る。
「わたしの出番って……」
まぁ、つまりは『そういうこと』なんだとは思うけど。
わたしにできる唯一のこと――それは、錬金術だ。
「そういえば、オヤカタくん」
「なんでしょう?」
「君、あの黒い影の正体に最初から気づいてなかった?」
アクアフィリスに来る途中、なにか態度がおかしかったし。
「まぁ、なんとなくですが……確証がなかったゆえ黙っておりました」
お許しを、とオヤカタくんは一礼する。
「ねぇ、オヤカタくんって何者?」
「オレは美しすぎるきのこ。そしてクロ様の忠実なる下僕ですぞ」
「うーん……」
ま、いいや。そういうことにしておこう。
「た、大変です!」
不意に、女王の部屋にひとりの兵士が飛び込むようにしてやって来た。
ずいぶんと慌てた様子の声だったけど、どうしたんだろう。
「何事だ!」
なぜかオヤカタくんが兵士を問い質す。
いやそれ、女王様が言うべきところじゃないかな。
「え、あの、ええと……」
兵士さんが困ったように女王様に視線を向ける。
「どうしました?」
何事もなかった感じで、女王様は兵士にそう訊ねかけた。
「は、はい! 暴走した精霊がアクアフィリスの目前まで迫っていると報告が!」
「なんですって……都に被害を出すわけにはいきません、なんとしても食い止めるようにと騎士団に伝えてください」
女王様は凜然と兵士にそう告げる。
「はっ!」
兵士は敬礼すると、女王の部屋から出て行った。
「クロ、自分にもなにか手伝えることはないだろうか?」
「え? うーん……」
ロゼの問いに、わたしは腕を組んで考え込む。
暴走した海の精霊……かなり危険な存在だと思う。どうにかするにしても、一度しっかりこの目で見ておくべきかな。
こっちにはロゼとチコがいる。二人とも、腕っぷしはたしかだ。きっと都を守る助けになってくれるだろう。
「よし、わたしたちも行こう」
「なに? クロも行くのか?」
ロゼが意外そうに目を丸くする。
「うん、海の精霊をしっかり見ておきたいから」
「クロさんが行くなら、チコも行きますよお!」
「オレも行きますぞ!」
チコ、オヤカタくんも名乗りを上げてくれた。
「もちろんミュウも!」
「駄目よ」
意気揚々と宣言したミュウを、女王様がやんわりと制した。
「とても危険なのだから。ミュウは行っては駄目」
「えぇ~……」
ミュウは、ぷうっと頬を膨らませる。拗ねた表情も愛らしい……じゃなくて。
「ほら、ミュウはお母さんの側にいてあげないとね」
わたしはミュウの頭を撫でながら、微笑みかける。
「……うん、クロちゃん、気をつけてね」
「皆さん、どうか無理はしないでくださいね」
ミュウと女王様に見送られて、わたしたちは部屋を後にした。
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