海の底で4

 女王の部屋はとても広かった。

 広い部屋の最奥に、大きな貝殻で作られたベッドがあった。

 そこに、ひとりの女性がいる。

 女性は上半身を起こして、ベッドの背もたれに背中を預けていた。


「ママっ!」


 ミュウがベッド横まで飛ぶように泳いでいく。

 わたしたちも遠慮がちに後から続いた。


「あらあら、ミュウ……帰ってきたのね」


 穏やかな口調で、女性は柔和に微笑む。

 綺麗な女性だった。

 病のせいか少し頰がこけ、目の下にはうっすらと隈があるけれど、微塵も美しさを損なっていない。

 この女性がアクアフィリスの女王。そして……ミュウのお母さんなんだ。

 うん、たしかにミュウにそっくりだ。

 長いピンク色の髪に、翡翠の瞳。頭の上には女王の証である王冠が載っている。

 ミュウをもっと大人っぽくして、色気を足したような感じだろうか。


「まったく家出なんてして……心配したのよ?」


「それはこっちの台詞だよっ!」


 のほほんと喋る女王に、ミュウが抱きつく。


「ママ……身体は大丈夫なの?」


「ええ、少し良くなったわ」


 嘘だなとわたしは感じた。

 ミュウもそうなのか、納得のいかない表情で女王を見ている。


「ところで、こちらの方々は?」


 話題を逸らすかのように、女王がわたしたちへと目を向けた。


「ママ、みんなはワタシのお友達で――」


 女王は片手をあげて、ミュウの言葉を止めた。

 そして束の間、女王はわたしたちを見つめる。


「貴女たち、本当は人魚ではないのでしょう?」


 女王は咎めるような語調ではなく、優しい笑みを浮かべたままだ。


「わかるんですか?」


 わたしは女王に訊ねる。

「ええ。なんというか、魂の気配が違うもの」


「魂の気配……ですか」


「ごめんなさい。うまく説明できないのだけど……」


「いいえ」


 わたしは首を横に振った。

 なんとなくだけど、言いたいことはわかる。


「貴女たちはミュウのお友達……なのよね?」


「はい、わたしはクロ。錬金術師です」


「自分はロゼリア・ライフォートといいます」


「んー、チコは別に友達じゃな――」


 わたしはチコにジト目を向ける。


「あ、あははーチコでぇす」


「ふふ、私はアクアフィリスの女王――ミュウのママです。よろしくね、みなさん。もしかして、地上でミュウがお世話になったんじゃないかしら?」


「えーと……」


 なんと返したものかと考えていると。


「うんっ! みんなワタシに優しくしてくれたよっ。ええとね――」


 ミュウは女王に地上であった出来事を話して聞かせた。


「そうだったのね……懐かしいわ。地上に変身薬、そして錬金術師――」


 女王と目が合う。にっこりと微笑まれた。


「クロさん、ミュウが大変お世話になったみたいで……本当にありがとう」


「いいえ、そんな……あの――」


 わたしは本題に入ろうとする。

 女王はなぜ急に倒れたのか。


「ふーむ」


 が、そこで急にオヤカタくんが現れた。

 なにやら女王に近づき、その顔をじっと観察しているみたい。

 ていうか、今までどこにいたんだろう。一緒にこの部屋に入ったものだとばかり。


「あらあら、この大きなきのこさんもミュウのお友達かしら?」


「オヤカタさんはね、クロちゃんの下僕だよっ」


「まぁ、そうなのねぇ」


 頬に手を当てて、ミュウの説明に納得する女王様。

 わたし的には下僕だとは思っていないんだけどなぁ。


「女王さんよ、あんたマナの穢れが原因で倒れたな?」


「あら……」


 オヤカタくんの指摘に、女王は驚いた様子で口元に手を当てた。


「どういうこと、オヤカタくん?」


 むんず、とオヤカタくんの頭を掴んでわたしの方に向ける。


「いやはやクロ様、実は……」


「きのこさん、待って。私から話しましょう」


「ママ……」


 ミュウが不安げに女王を呼ぶ。


 女王は優しくミュウの頭を撫でると、「大丈夫よ」と言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る