桃真珠4

 そうは言ったものの、やっぱり難しいよなぁ。

 工房の机で天候を操る道具の製法書と睨めっこしていたわたしは、呻きながら頭を抱えた。


 なんとかする、とか格好つけちゃったけど……一筋縄ではいかない。

 必要な材料自体は少ない。たったの二つだ。


 高性能な爆弾と、『願いの結晶』と呼ばれる物。

 この二つだけ。


 高性能な爆弾は問題ない。

 すぐにでも作れるし、たぶんストックもある。

 厄介なのは、『願いの結晶』という素材だ。


 とある国の山奥に、神聖な木が生えている。

 その木に願い事をすると、願いが結晶になって木から落ちてくるらしい。

 あまりに無理な願い事は結晶にならないみたいだけど……


 ともかく、その結晶を砕くと願い事が叶うらしい。

 でも結晶はかなり硬くて、簡単には砕けない。

 だから高性能な爆弾が必要になるわけだ。

 天候を操作するということはつまり、神聖な木に「晴れさせて」とお願いすればいいんだけど……


 肝心の神聖な木がどこにあるのか、わたしにはわからない。手持ちの資料にも記されていなかった。

 製法書としてまとめられているぐらいだから、実在はするんだろうけど……


「……クロちゃん」


「うぉう、びっくりした……」


 いきなり背後から声をかけられて、わたしは妙な声を出してしまう。

 椅子ごと後ろを振り返ると、しょげた顔をしたミュウが立っていた。


「どうしたの?」


「えっと、その……」


 手をもじもじさせながら、遠慮がちにミュウは口を開く。


「道具……できそうかなって」


 それは気になるよね。

 誤魔化してもしょうがないし、わたしは率直に答えた。


「やっぱり難しいかな。ある特殊な素材が必要なんだけど――」


 わたしはミュウに『願いの結晶』について説明する。

 すると……


「願い事を叶える結晶……あの、クロちゃんっ」


 なにか思いついたような表情で、ミュウがわたしの両肩を掴んだ。


「な、なに、どしたの?」


「その結晶って……真珠でもいいのかなっ」


「うーん……正直わからない。試してみないことにはなんとも……」


 願いが叶えられるなら、真珠でもなんでもいいのかもしれないが。


「でもそんな真珠どこに……」


「クロちゃんっ、ワタシを泣かせて!」


「――は?」


 いきなりどうしたんだ、ミュウは。


「急に泣かせろって言われても……」


 どうすればいいのかわからない。


「思いきりつねるとかっ、引っ叩くとかっ!」


「え、やだよ……」


 ミュウにそんな酷い真似はしたくない。


「……じゃあ、『嫌い』って言って」


「ええ?」


 それだけで泣けるとでもいうのだろうか。


「いいから、言ってみてっ!」


「わ、わかったから……」


 気は進まないけど。

 だって……わたしはミュウを嫌いじゃないし。

 勢いに負けたわたしは、覚悟を決めるように息を吸う。そして――


「――き、嫌い」


 わたしが小さくそうこぼした瞬間。


「う――うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


 ミュウは堰を切ったように激しく泣き出した。


「クロちゃんがぁぁぁぁっ! 嫌いって言ったぁぁぁぁっ!」


「ちょ、ちょっと落ち着いてミュウ!」


 あんたが言わせたんだろうが。


「き、嫌いじゃない! 嫌いじゃないから!」


「……本当?」


 ぐすん、とミュウがわたしを見つめてくる。

 わたしはそんなミュウの頭をそっと撫でながら、「本当だよ」と言った。


「……えへへ、よかったぁ」


「ていうか、この行為にはなんの意味が?」


「……あ、そうだったっ」


 ミュウは自分の目から流れていた涙を指ですくう。

 指に付着した涙の雫。ミュウはそれに「ふぅっ」と息を吹きかけた。

 次の瞬間、なんと涙の雫が真珠に変化する。うそぉ……。


「はいっ」


 ミュウがわたしの手に真珠を転がす。

 きらきらと輝く綺麗な真珠だった。

 ミュウの髪と同じ、淡い桃色をした真珠だ。


「これって……」


「実は、ワタシの涙って真珠になるのっ」


 それはたった今、目の前で披露してくれたからわかるんだけど……


「クロちゃん、その真珠に願い事をしてみてっ」


「真珠に?」


「ぎゅーって握って、願い事をするのっ」


「う、うん……」


 真珠を強く握りしめて、わたしは願う。

 ――雨が止みますように!

 これでいいのだろうか?


「手を開いてみてっ」


「うん……おお」


 桃真珠がぼんやりと光っている。


「これで願いが叶う……っていうわけじゃなさそうだね」


 窓の外では、まだ強い雨が降っているし。


「うん、クロちゃんが話してくれた『願いの結晶』と同じだよっ」


「なるほど」


 桃真珠を砕くことで、掛けた願いが成就するのか。


「これ、ミュウが自分でお願いすればよかったんじゃない?」


「ううん、自分ではお願いできないの、治癒能力と一緒で」


 ミュウに相槌を返しながら、わたしは桃真珠の硬さを確認する。

 これは、爆弾かなにかじゃないと壊せなさそう。そこも『願いの結晶』と同じか。


「どうかなクロちゃん……これで天気を操る道具、作れる?」


「やってみる」


 不安げなミュウを安心させるように、わたしは微笑んでみせた。

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