買い物とお茶と4
家から歩いて数分、わたしとミュウは町の広場に到着した。
「わあ~!」
ミュウは辺りを物珍しそうに見渡している。
昨日も森から戻った後に来ていたんだけど、ミュウは桶の中で疲れて眠っていたからな。
「クロちゃんクロちゃん、あれはなんですかっ!」
ミュウが指さしたのは、白いレンガ造りの瀟洒な建物だ。
「ああ、あれは冒険者ギルド。チコの職場だよ」
「チコちゃんのですかっ、チコちゃんは冒険者さんなんですか?」
「ううん、そうじゃなくて――」
わたしは冒険者ギルドや、職員であるチコについて簡単な説明をした。
「なるほどっ、ところでクロちゃん」
「ん?」
「チコちゃんて、ワタシを嫌っているんでしょうか」
そう思うのも無理ないよなぁ、とわたしは苦笑する。
「あー、気にしないで。あの子は基本、誰にでもああいう態度だから」
「でも、クロちゃんには違いますよね?」
そこなんだよなぁ。
でも、出会った当初はそうでもなかったというか、わたしも嫌われていたように思う。
わたしがチコと出会ったのは、十年ぐらい前になる。
あの頃のわたしはまだ、師匠と各地を旅していて――
チコと出会ったのは、そんな旅の途中だった。
師匠と立ち寄った町の小さな孤児院で暮らす子供たち。
チコは、そんな子供たちのひとりだった。
あの子は周りすべてを敵だと思っていて――でも、色々あってなぜかわたしにだけ、ああいう感じになったんだよね。
わたしと師匠がその町を出てから数年後。わたしとチコは王都で再会した。
チコは、わたしが王都で暮らしていると知って、王都の冒険者ギルドに就職したのだ。
で、わたしが港町マリンシェルに行くとなったときも、後を追いかけてきたわけである。
「ワタシ、知ってます。そういうのストーカーって言うんですよねっ」
ミュウってば、無邪気な口調で酷いな。
「それ、直接チコに言っちゃダメだよ」
「どうしてですか?」
「どうしても」
そんな話をしながら、わたしとミュウは一番の目的である仕立屋にやってきた。
「ここがマリンシェルの町、唯一の仕立屋さん」
オーダーメイドで服を仕立ててもらえるけど、既製品も購入できる。
「わ~! 可愛い服がたくさんですっ!」
店の前に展示された服を目にしたミュウが、ショーケースの前まで走り寄る。
後に続いて、わたしもミュウの隣に並んだ。
ショーケースの中、展示された可愛い服たちに目を奪われる。
「はぅ……」
思わず顔が緩み、吐息が口から溢れていた。
「クロちゃん?」
「――はっ!」
いけない、いけない。
わたしは顔を引き締め、咳払いをひとつ。
「なに?」
「今なんか『はぅ』って……」
「気のせいだよ」
「そ、そうですかっ」
わたしが可愛い物を大好きだって露呈してしまうところだった。
「じゃあミュウ、店に入ろうか」
「はいっ」
わたしとミュウは仕立屋に入店した。
「いらっしゃいませ――あらクロちゃんじゃない、こんにちは」
弾けるようなスマイルでわたしたちを出迎えてくれたのは二十代後半ぐらいの、地味だが整った容姿をした女性――わたしのお得意様であり、この店の主人でもあるエミリーさんだ。
「こんにちは、エミリーさん」
「こんにちはっ!」
「あら、その子は?」
片手を上げて挨拶をするミュウを見て、エミリーさんが訊ねてくる。
「ええと……」
そういえば、まだミュウについて町の人にはどう話すか考えていなかった。
「お、王都から来た友達です」
わたしは咄嗟にそう口にしてしまう。
「はいっ、王都から来ましたっ!」
ミュウが乗ってくれた――いや、ミュウはお姫様だ。
お姫様というからには、人魚の国では王都に暮らしていたのだろう。
つまり完全な嘘ではない……いや、これは苦しいな。
「あらそうなの?」
「はいっ、ミュウっていいますっ!」
「私はエミリー。よろしくね、ミュウちゃん」
「よろしくお願いしますっ!」
……まあ、いいか。
「ミュウは、しばらく家で暮らすんです。だからその、今日は新しい服を買おうかと」
「そうなのね……あっ、そうだわ!」
エミリーさんは、ぱんと両手を打ち合わせる。
「せっかくだから二人でお揃いの服をオーダーメイドというのはどうかしら?」
「いえ、既製品で大丈夫です」
「あら、そう残念」
エミリーさんのオーダーメイドは高い。
彼女は国でも人気の仕立師だ。そんな彼女に特注の服を二着なんて……
どんな怖ろしい値段になるかわかったものじゃない。
蓄えはあるけど、さすがに厳しい。一着でも無理だ。
まったくエミリーさんはちゃっかりしてるよなぁ。
「クロちゃんとお揃いっ……!」
「あら、ミュウちゃんはそれがいいみたいだけれど」
「ダメです」
「えー」
「えー」
ミュウとエミリーさんが揃って不満げな声を出す。
知り合ったばかりなのに息ぴったりだな、オイ。
なんか、わたしの周りって厚かましい人が多くないか?
「はいはい、あっちに並んでる服から選ぶよ」
わたしはミュウの背を押して、既製品の服が並んでいる一角へ向かう。
「クロちゃんっ、お揃いはっ?」
「だからダメだってば、ほらちゃんと進んで」
「ふふ、ごゆっくり~」
エミリーさんはひらひらと手を振り、わたしとミュウを見送った。
ミュウの服選びが始まった。
まずは、ミュウに好きな物を選んでもらうとする。
「むう、ワタシはクロちゃんに選んで欲しかったですっ」
「わたしの趣味だと、ミュウの好みに合うかどうかわからないし」
「大丈夫だと思いますけどっ」
「そうかな」
「そうですっ」
ミュウは、はっきりと断言する。根拠はなさそう。
「んー……じゃあ、わたしも選んでみるから、ミュウもちゃんと自分で選んでよ」
「わかりましたっ!」
「よし、わたしはあっちの端から見ていくから、ミュウは反対側からで」
「はいっ!」
いったん別れて、ミュウに似合いそうな服を物色していく。
うーん……そうはいっても難しいな。
ミュウは綺麗だから、なにを着ても絵になってしまいそう。
ああでもない、こうでもないと、わたしは陳列された服を手に取り考える。
「――お?」
ふと手にしてひろげた服に、わたしはなにかを感じた。
「これ……いいんじゃないかな」
ミュウのイメージというか、人魚という本性というか……
そういうのにぴったりな気がする。
「とりあえずキープで、他にも――」
「クロちゃーんっ!」
ミュウがわたしを呼ぶ声に、振り向く。
「ぶっ――!?」
わたしは思わず咽せそうになった。
そこに立っていたのは、選んだ服を試着したらしいミュウだった。
「これなんてどうかなっ?」
じゃーんと言わんばかりに、ミュウは身に纏ったそれを見せつけてくる。
わざわざ『それ』なんて言い方をするのは、もはや服じゃないからだ。
ミュウが着てきたそれは――着ぐるみと呼んだほうが正しい。
茶色いもモフモフの、クマを模した着ぐるみだ。
頭の部分だけ、ミュウの顔が露出している。
「却下で」
「ええっ、可愛いよっ?」
たしかに可愛い! 可愛いけども――っ!
「それは服じゃないから、ちゃんと服を選んで」
平静を装いつつ、わたしはミュウにそう告げる。
「ぶー」
頬を膨らませながら、ミュウクマは去っていった。
くそ、可愛かったな……
数分後。
「クロちゃんっ、これならどうですかっ」
今度こそ大丈夫だろうな……。
わたしは一抹の不安を覚えつつ、ミュウの方を見やった。
「うん、ダメだね」
ミュウの姿を目にした瞬間、却下した。
「どうしてですかっ!」
「いやだって……」
頭にはカチューシャ、身に着けているのはフリルをあしらったエプロンドレス。
ミュウが試着してきたのは、いわゆるメイド服というやつだ。
今さらだけど、なんでクマの着ぐるみとかメイド服が置いてあるんだろう、このお店。
メイド服はまぁ、ロゼの屋敷があるからなんとなくあっても不思議ではないけれど……クマはエミリーさんの趣味だろうか……?
「ミュウ、それはメイド服っていう――はっ!」
ミュウは人魚……マーメイド……マーメイドのメイド……なんつって。
「ぷふっ!」
わたしは、お腹を押さえながら笑いを堪える。
我ながら傑作のギャグを思い浮かべてしまった。
「く、クロちゃん……? どうしたの? お腹痛いの?」
「ううん、なんでもない。それよりミュウ、それはメイド服といってね――」
使用人が着る制服だと説明する。
「でも可愛いよ?」
たしかに可愛い。
ミュウにも似合っている。
だけどミュウは使用人じゃないし。
「とにかくメイド服はなしで」
「はぁい……」
ミュウは残念そうに眉尻を下げる。
「次の服を選んできますっ」
「待った」
「えっ?」
わたしはミュウに制止をかけた。
なんだか、これ以上この子に選ばせていたらキリがないような気がしてしょうがない。
「これ、着てみて」
わたしはさっき見つけたミュウに似合いそうな服を差し出した。
「どうでしょうかっ?」
わたしが選んだ服を試着したミュウが、少し照れくさそうにしながら感想を求めてくる。
さっきまで勢いよく訊ねてきてたくせに、なんで今回はしおらしいんだ……
こっちまで恥ずかしくなる。
「うん、よく似合ってる」
わたしは率直にそう述べた。
「え、えへへ……そうですかっ」
嬉しそうにはにかみながら、ミュウは姿見で自分の全身を眺める。
わたしがミュウに選んだ服は、簡単に言うと淡い色をしたチュニックだ。
ただ布が薄くて、なんとなく水浴び用の服にも似ている。そこがミュウの本質……人魚っぽいイメージを醸し出しているような気がした。
布が薄くてちょっと透けるから、服の下にもなにか着けなきゃいけない。
上にはミュウが元から着けていた胸当て。下には、太ももぐらいの短いパンツを履いてもらった。で、足には編み上げのサンダル。
ちょっと夏っぽい装いな気もするけど、まぁ季節を先取りっていう感じで。
「気に入った?」
「はいっ、ワタシこれがいいですっ」
「うん、じゃあそれにしよう」
「クロちゃん、ありがとうございますっ」
さすがに一着だけというのは寂しいので、他にもいくつか服を選ぶことにしたのだった。
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