買い物とお茶と3

 翌日のお昼。

 わたしとミュウは昼食を済ませてから家を出た。

 ちなみに朝ご飯、お昼ご飯はオヤカタくんが用意してくれた見事な料理だった。

 家の掃除までしてくれていたし……あの子、家事スキルがものすごく高い。有能。


「クロちゃーんっ! はやくはやく!」


 わたしの少し前を、ミュウは元気よく歩いている。

 服装は白いワンピースに、足にはサンダル。本来は寝間着なのに、ミュウのような美少女が着ていると絵になるから不思議だ。


「そんなにはしゃぐと転ぶよ」


「大丈夫ですっ! 二足歩行は完璧にマスターしましたっ!」


 ふんす、と鼻を鳴らしながらミュウは胸を反らす。

 やはり人間に変身したばかりのミュウには、歩くという動作ができなかった。

 できなかったんだけど、わりとあっさり歩いたり走ったりできるようになっていた。

 きっと身体能力が高いんだろうなぁ。羨ましい。

 ミュウが簡単に歩行をマスターしたので、今日は予定通りに町へ出かけることにした。

 目的はミュウの服と、その他にも色々と必要な物を買い揃えるためだ。


「あの……ところでクロちゃん」


 少し歩くペースを落として、わたしの横にミュウが並ぶ。


「ん? なに?」


「ちょっと気になっているんですけど……」


 いつもはきはきしている感じのミュウにしては珍しく、なんだか言いあぐねている。

 ミュウが気になるって、なんだろう。

 んー……夕食の献立とか?

 さもありなんて気もするけど……さすがに時間的に早すぎるよ。よって違う。

 それじゃあ……お、もしかして。

 わたしはひとつ思い当たって、それをミュウに聞き返してみた。


「もしかして変身薬の効果がどれぐらい続くかって話?」


 そういえば、ちゃんと説明していなかった。


「へ? あ、いやそれも気になりますけどっ!」


「あれ、違うの?」


 てっきりそれだと思ったんだけどな……。


「ちなみに変身薬の効果は一週間だから」


 製法書によると、素材の量で効果時間を調節できるみたいだったので、とりあえず一番長い時間にしておいた。しばらく地上にいるなら、その方が都合いいかなと思ったからだ。


「そうなんですねっ!」


「うん、それで……ミュウが気になっていることって?」


「はい、その……お金です」


「お金?」


「服とかを買う……ってお話ですけど、ワタシ地上のお金なんて持っていなくって……」


「なんだ、そんなことか」


 ミュウが地上のお金を持っていないなんて、わかっている。

 逆に持っていた方が不思議だと思う。


「それでそのぉ……」


「大丈夫だよ。ミュウの服とか入り用な物は、わたしが買うから」


 最初からそのつもりだったし。


「そ、そんなっ……さすがに悪いですっ」


「大丈夫だって」


 これでも結構、蓄えはあるのだ。

 ミュウとオヤカタくんぐらいなら、なんとか養えるんじゃないだろうか。

 あーいや、オヤカタくんの方は、お金かからなさそうだな。


「それに……今さらでしょ」


「え?」


「わたしの家に置いてくれっていう時点で、かなり厚かましいから」


「な――クロちゃんったら酷いですっ! でも……ごめんなさい」


「冗談だよ。どうしても気になるんなら……そうだな」


 わたしは口元に手を当て考える。


「ミュウにも、わたしの仕事を手伝ってもらおうかな」


 これから忙しくなりそうだし、手があると助かるかも。


「はいっ! ワタシでよければ喜んでっ!」


 ぱっと表情を輝かせて、ミュウがわたしの腕に自分の腕を絡ませてくる。

 な、なんだいきなり。


「えへへ、クロちゃんって優しくて好きですっ!」


「な……す、好き!?」


 いきなりのストレートな言葉に、わたしはドギマギする。


「じー」


 ミュウが期待に満ちた眼差しで、わたしの顔を覗き込んでくる。


「な、なに?」


「クロちゃんはどうですか?」


「どうとは?」


 なにを問われているのかなんとなく想像はつくけれど、はぐらかす。


「クロちゃんはワタシを好きですか?」


 今度は、はっきりとそう口に出されてしまった。

 うう……そんなの恥ずかしくて言えるわけがない。

 無邪気な顔でとんでもない質問を繰り出して……ミュウってば怖ろしい。

 正直、わたしはミュウが好きなんだと思う。

 出会ったばかりだし、もちろん深くは知らない。

 でも悪い子じゃないのは間違いないだろう。

 元気で明るくて愛嬌があって、つい構いたくなるような。

 たぶん、人魚の国でもみんなから愛されているんじゃないかなぁ。


「クロちゃん、ちゃんと聞いてますかっ?」


「あ、ごめん。聞いてなかった」


「もう~」


 ミュウは拗ねたように唇を尖らせる。

 そしてこれ幸いとばかりに、わたしは話をうやむやにするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る