買い物とお茶と2

 町の人たちや冒険者ギルドでオヤカタくんについてのアレコレを済ませ、わたしはようやく家に帰ってきた。

 ロゼは屋敷へ、チコも家までミュウを運んでくれた後、すぐにギルドへ戻っていった。

 オヤカタくんは、庭にいる。元図書館だったここには中々に広い庭があったのだ。

 なんとオヤカタくんは、そこで畑をやりたいらしい。

 錬金術の素材も育ててくれるそうだから、わたしは許可を出した。

 するとオヤカタくんは、さっそく準備に取りかかったのだ。

 そんなわけで――

 わたしとミュウは今、工房で二人きりだった。

 ミュウはまだ水を張った桶の中にいる。


「わくわくっ」


 桶の中、大きな瞳を爛々とさせながらミュウは錬金釜の前に立つわたしを見つめていた。

 これから変身の薬を錬成するんだけど……ミュウが錬金術を見たいと言い出したのだ。

 正直ちょっとやりづらいんだけど、期待に満ちた眼差しを送るミュウを邪険にもできず。


「どきどきっ」


「あー……素材の確認っと」


 アレとコレとソレと、岩きのこに……


「そうだった」


 変身したい相手の……つまり今回は『人間』の身体の一部がいるんだ。

 とりあえず、わたしの髪の毛を入れるつもりなんだけど……まずは他の素材を釜に入れてしまおう。

 わたしは釜のフタを開き、素材を投入していく。

 アレとコレとソレと、岩きのこを放り込んでから、わたしは自分の髪を一本抜いて釜の中に落とす。これで準備は完了だ。

 さて、次はいつものように精霊……フワラに力を貸してもらうんだけど――


「ねぇミュウ、わたし今から独り言を言ったりするかもだけど気にしないでね」


 精霊の姿が見える者は限られている。声を聞ける者もだ。

 錬金術師であるわたしが精霊に呼びかけるとき、他者の目にわたしは独り言を喋ったりだとか、なにもない空間を撫でたりしている風に映っているらしい。

 ミュウにもそう見られるのかと思うと、少しだけ及び腰になりそう。


「はい、気にしませんっ」


 気持ちいいぐらいに素直な返事だった。

 わたしの杞憂だ。ミュウはわたしを変に思ったりなんかしない。

 出会ったばかり。接した時間も短いけれど、なんとなくそれはわかる。


「じゃあ錬成を始めるね」


 わたしは瞳を閉じて集中する。

 そして、フワラに呼びかけた。


「お願いフワラ、力を貸して――」


 わたしの声に応えるように、白くて小さな獣が目の前に現れる。


「わぁ、可愛い!」


 そう声を上げたのはミュウだった。

 ――って、ちょっと待った。

 今、ミュウは「可愛い」って……たしかにそう発したよね?


「ミュウ、この子が見えるの?」


「? 見えますよ?」


 なんてこと……いったいなんで。


「人魚って、精霊が見えるものなの?」


「え?」


 ミュウは心底不思議そうな顔でそう返してくる。


「精霊は普通に見える物じゃないんですか?」


「いや……少なくとも人間では珍しいかな……」


 というか、ほとんどいないと教わった。


「声も聞こえる?」


 ミュウに確認しながら、わたしはフワラの頭を撫でた。

 目を細めて「ミミミー」とフワラが鳴く。


「聞こえましたっ!」


 おお、声まで聞こえるのか。

 ミュウが特別なのか、人魚という種族だからなのかは不明だけど……

 わたしはなんとなく嬉しくなった。

 師匠以外で精霊の――フワラを見ることができたのは初めてだから。


「この子はね、フワラっていうんだ」


「フワラちゃんですかっ、とても素敵なお名前ですっ!」


「ミミミミー」


 フワラが鳴き声を上げる。心なしか喜んでいるみたい。


「――さて、錬成を始めようか。フワラ、お願い」


「ミー」


 わたしは、いつもの手順で錬成を開始する。



 そして――


「できた……」


 変身の薬は見事に完成した。

 初めて作る物だったから、上手くいくか少し不安だったけれど。

 ――いや、まだだよね。

 ミュウに飲んでもらうまでは、まだ成功かどうかはわからない。

 わたしは釜の中から薬をおたまで掬ってカップに注いだ。


「それじゃあ……ミュウ、これが変身の薬だよ」


「クロちゃん、ありがとうございますっ!」


 わたしが差し出したカップをミュウが受け取る。


「……あんまり美味しくはなさそうですねっ」


 カップの中身に視線を落としながら、ミュウが笑う。


「薬だからね」


 たぶん、いや……きっとかなり美味しくはないだろう。


「それじゃあ――いただきますっ」


 そう告げて、ミュウはカップに口をつけた。

 ぐいっと顔を上げて、中身を一気にあおる。


「ぷはーっ!」


「どうだった?」


 空になったカップを受け取りながら、わたしは訊ねた。


「ものすごく苦かったです……」


「だよね」


 そろそろ効果が現れるはずだけど。


「ミュウ、なにか身体に変化はない?」


「そういえば……なんだか下の方が……」


 ミュウが下方を覗き込む。


「ああっ! クロちゃんっ! 足ですっ! 足がありますよワタシ!」


 快哉を叫ぶミュウに、わたしも胸を撫で下ろす。

 どうやら変身の薬はちゃんと上手く錬成できていたみたい。


「クロちゃん、ありがとうっ!」


 感謝と共に桶から飛び出したミュウは、わたしに抱きついてくる。


「ちょ、ちょっとミュウ!?」


 そのまま勢いよく押し倒されるように、わたしとミュウはベッドに沈んだ。


「あーもう……水浸しになる」


 それよりもっと重大な問題がある。

 人間に変身したミュウは、なんというかその……下が丸出しだ。

 わたしは極力そっちに目を向けないようにしつつ、ミュウを押しのけて上体を起こす。


「クロちゃん、顔が赤いですけど、どうかしました?」


「どうもしない」


 ミュウは恥ずかしくないんだろうか。女の子同士だし、別に大丈夫なのか?

 わたしは見るのも見られるのも恥ずかしいけどな……人魚だから感覚が違うのかも。

 とにかく、まずは着る物を用意してあげないと。

 わたしの服を貸すのでもいいけど……たぶんサイズが合わないな。主に胸回りが。

 大きいもんなあミュウ。ロゼよりは小さいけど、確実にわたしよりは立派だ。

 そうなると新しい服を買わなくちゃならないんだけど……。


「もう夜も遅いしな」


 わたしは窓の外を見てそう呟いた。

 この時間じゃ、町のお店はとっくに閉まっている。


「ねえミュウ。明日、一緒に服を買いに行こうか」


「はいっ! 行きたいですっ!」


 わたしの提案に、ミュウは嬉々として両手を上げた。

 とりあえずは大きめの白いワンピースを来てもらおう。

 寝間着用に買った、ゆったりサイズのそれならミュウでも着られるはず。

 ――あ、その前に重要なことがあったんだ。


「ところでミュウ」


「はい?」


「貴女、ちゃんと歩ける?」


 わたしの質問に、ミュウはこてんと首を傾げるのだった。

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