桃きのこの森へ9
「ナワバリ……って、この場所?」
「はい、オレの可愛い子供たちがいるここを守りたかっただけなんです……」
「子供……あのきのこ畑?」
「はい……実は——」
オヤカタくんの最初の被害者である旅の商人は、ウルフの群に追われるうちにオヤカタくんのナワバリに迷い込んでしまったらしい。
つまりオヤカタくんは、それを畑荒らしだと勘違いしたと。
で、それから人間たちが畑を荒らしにくるんじゃないかと思って、夜な夜な警戒していたのだという。
オヤカタくんを討伐しに来た冒険者たちも、畑荒らしだと思っていたらしい。
「オレはただ、この場所を守りたかっただけなんですぅ……」
涙に濡れた声を出しながらオヤカタくんは、わたしの足に縋りついてくる。
「……つまり、オヤカタくんは悪い魔物じゃないってことでいい?」
「ソウダヨ、ボク、ワルイキノコジャナイヨ」
めちゃくちゃ胡散くさいよ。
「……ロゼ、そんな感じでなんとかできないかな?」
「どんな感じかまるでわからんぞ」
わたしもわからない。
「……とりあえず、この畑に人間が近づかなければいいのだな?」
「うむ」
ロゼの言葉に、オヤカタくんはまるで王族かのような態度で返事をする。
「そうすれば、もう人間を襲ったりしないね?」
「はいっ! このオヤカタ、クロ様のご命令とあらばクソみたいな人間も、ひろーい心で対応いたします!」
うーん、不安しかないな。
「でもオヤカタくんって、いつからこの森にいるの?」
「それはもう、大昔からですが」
「大昔って、どれぐらい?」
「うーむ……百年ぐらいですな。あれはまだオレが普通のきのこだったころで……」
「あ、そういうのはいいから」
わたしが聞きたかったのは、そんな話ではなくて……
「百年も前から森にいるなら、畑に人間が迷い込む、なんてこと昔もあったんじゃない? そしてきっとオヤカタくんは、その人間をぶちのめしていたはずだよね、今回みたいに。そうなるとオヤカタくんについての伝説みたいなのが町に伝わっていてもいいはず……」
なんだけど、マリンシェルに来てからそんな話は耳にしていない。
「ロゼは知ってる?」
「いいや、まったく」
わたしより長く町にいるロゼですら知らないんだ。つまり――
「過去にオレのナワバリ……この場所に人間が迷い込んできたことはねえですよ。本来この場所は『そっち』とは隔絶された世界なんですから」
「どういう意味だ?」
「マナスポットってやつだね」
首を傾げるロゼに、わたしは説明する。
マナスポットとは、マナが大量に溢れている不思議な空間だ。
そういう場所は『ここではないどこか』――異次元に繋がっている場合もあるという。
「ここも、本来はそうだったんだろうね。だけど、なんらかの理由で『こっち』と繋がってしまった……とか?」
「さすがクロ様! ご明察です!」
オヤカタくんがわたしに拍手を送ってくる。
「原因に心当たりはある?」
「おそらく『マナの穢れ』が原因でしょうなぁ……」
聞き馴れない言葉に、わたしとロゼは顔を見合わせた。
「オヤカタくん、『マナの穢れ』って……?」
わたしの質問に、オヤカタくんは意外そうに目を丸くする。
「おや、ご存じない? マナというのは色々な要因で穢れたりするんですよ。それを正常な状態に保つのが、精霊と呼ばれる存在の役目なんですなこれが」
「オヤカタくんて……物知りだね」
「えへへ……いやあ」
照れたように頭をかくオヤカタくん。ちょっと可愛い。
「マナが穢れると、世界は様々な異常をきたしちまうんですなぁ。たとえばオレのナワバリと『こっち』が繋がっちまったようにね」
世界に異常……それってまさか――
「精霊による浄化が間に合っていないのか、それとも他の理由なのか……そもそもどうしてマナが穢れているのか……そこらへんはオレにもわかりませんがね」
「ねえオヤカタくん、この場所が『こっち』と繋がったの、もしかして半年ぐらい前?」
「うーむ……たしかに半年以上は前ですが、どうしてご存じで?」
「そっか……」
やっぱり、時期も一致している。
わたしは隣に立つ友人を見る。彼女もまた、わたしを見ていた。
「……ねえロゼ、もしかしてなんだけど」
「……ああ、自分も同じ考えが頭をよぎっていた」
マリンシェルの不漁は、マナの穢れが原因なのではないか――
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