桃きのこの森へ8

 きのこ畑から、大きなきのこが歩いてきた。なんとも異様な光景だ。

 きのこの大きさは人間の子供……たぶん五歳の子供ぐらい。

 ずんぐりした柄……いや、身体? とにかく、そこから短い手足が生えている。

 頭というか、カサの部分は……


「お尻……?」


 臀部のような形をしている。

 そんなカサの少し下あたりには、二つの目と口があった。


 魔物……なのかな。

 あ、もしかして……とわたしの頭にある考えが浮かぶ。

 冒険者を襲ってる魔物って、この大きなきのこなんじゃ?

 でもその魔物は夕方から夜しか遭遇しないって……いや、そうじゃない。


 たぶん、この場所がこの魔物の住処なんだ。

 わたしたちは知らぬ間に、危険な魔物の住処に足を踏み入れてしまっていた――


「お前らぁ……」


 喋った!?


 大きなきのこが口を開き、人語を発した。

 驚愕していると、大きなきのこはさらに続ける。


「ここはオレのナワバリだぞ! そして、あのきのこたちは、オレが育てた可愛い子供たちだ! 手を出そうっていうなら容赦しないぞ!」


 怒気も露わに大きのこは言い放つ。

 人語を操る魔物がいるって聞いたことはあるけれど、実物を見るのは初めてだ。


「欲深な人間どもがぁ……このオレがけちょんけちょんに――ん?」


 大きのこが台詞を中断する。その視線は、わたしへと注がれているよう。


「んんー?」


 大きのこはとてとて、とわたしのすぐそばまで近づいてきて……


「邪魔だっ!」


「ぬえぇっ!?」


 わたしの足元に転がっていたチコを蹴り飛ばした。

 ゴロゴロと地面を転がるチコ。かわいそうに……


「むむむむ……」


 大きのこは難しい顔をして、わたしを見上げてくる。

 なに? なんなの?

 わたしがどうしたものか困っていると……


「――可憐だ」


 大きのこはポツリとそう呟いた。


「お嬢さん、お名前は?」


 いきなり紳士的な口調で、そう訊ねてくる。


「クロ、だけど」


「おぉ、なんと可愛らしいお名前だ!」


 わたしが名乗ると、大きのこは大仰に驚いてみせる。なんなのこれ。


「オレのことはどうぞオヤカタと呼んでやってください」


 大きのこは恭しくカサ……頭を下げてくる。


「お、オヤカタ……くん?」


 なんとなく『くん』を付けたくなる見た目をしているものだから、そう呼んでみた。


「はい、なんでしょうかクロ様」


「様って……」


「オレ、オヤカタは今日からクロ様の忠実なる下僕……」


 と、オヤカタくんはうっとりとした表情をわたしに向けてくる。

 い、意味がわからない。


「ちょっと待って、いきなりなんで下僕?」


 わたし、なんかしたっけ。


「それはクロ様が美しいからです」


「は?」


「あぁ……今、わかりました! このオヤカタが生まれたのは今日このときのため! そう! クロ様という女神にお仕えするためだったのだとっっっっ!」


 歌劇かなにかのように、オヤカタくんは声を張る。


「わたし女神じゃないですけど」


「いいえ女神ですっ!」


 くわっ、と目を見開いてオヤカタくんは断言する。

 わたしは人間です。


「お、おい、なにがどうなっているんだ?」


 ロゼが恐る恐るこちらに歩いてきて、わたしに囁く。


「わたしにもわからない……」


「む、なんだ貴様は。クロ様とオレの語らいを邪魔するつもりか?」


 オヤカタくんがロゼを鋭く睨みつける。

 わたしへの態度とまるで違うな……


「お、お前こそなんなんだ、最近このあたりで人を襲っている魔物ではないのかっ!」


 ロゼもわたしと同じ考えだったらしい。

 少し怯みながらもオヤカタくんを問い質す。


「ふうむ……」


 オヤカタくんは腕を組み、瞑目して考え込むようなポーズを取った。

 しばらくしてから目を開き、


「たぶんそうだな」


 それがなにか? とでもいわんばかりにオヤカタくんは答える。


「そうだな、じゃないよ。なんで人を襲ったりなんかしてるの?」


 魔物だから、と言われたらそれまでだけど……オヤカタくんには高い知性があるっぽい。

 わたしの経験上、高い知性を持った魔物は理由もなしに人間を襲ったりはしないはずだ。


「クロ様……むう、ごめんなさい。オレのナワバリが荒らされると思って……」


 オヤカタくんは、しょんぼりした様子でそう語り始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る