桃きのこの森へ7

 一騒動あった後も、探索は続く。

 岩きのこを求めて森を進むけれど、まだ発見できない。


「泥棒人魚っ!」


「盗んでませんっ!」


 チコは背後の桶にいるミュウとずっと同じやり取りを繰り返していた。


 ――さっきの、なんだったんだろう?


 治癒をする、ってミュウは言っていたけど、あれは明らかになんというかその……わたしにキスをしようとしていたような気がするんだよな。

 わたしはミュウの方を見る。

 その視線に気づいたミュウが、わたしに笑みを向けてくる。

 さっきの光景を思い出して、頬が熱くなった。

 ミュウの長いピンクの髪が、わたしの顔に垂れてきて、艶やかな唇が――

 ダメだダメだ。考えないようにしよう。

 わたしはミュウから顔を逸らして、軽く頭を振った。


「おいクロ」


「ふぇ!?」


 不意に横から呼ばれたものだから、変な声が出てしまう。恥ずかしい。


「ど、どうした?」


「ごめん、なんでもないよロゼ」


「そうか? まだ調子が悪いのではないか?」


「ううん、平気だよ」


「ふむ、大丈夫ならばいいんだが……」


「心配してくれてありがとう。それでロゼ、どうかした?」


 声をかけてきたからには話があるのだろうと思って、わたしは訊ねる。


「ああ、なんというか……上手く説明できないんだが、辺りの空気が変じゃないか」


「空気……?」


 ――うん、たしかに。

 ロゼから言われて、わたしは初めて気づく。

 考え事をしていたせいで感じるのが遅れてしまったようだ。

 明らかに森の雰囲気がおかしくなっている。

 見た目には別におかしなところはない。

 だけど――精霊の気配がかなり強い。

 それこそ、精霊を感じられないはずのロゼが違和感を覚えるぐらいに。

 もしかしたら、近くにマナの濃い場所があるのかも。精霊はそういう場所を好むから。


「問題ない……と思うよ」


 わたしはロゼを安心させようとする。


「そうなのか?」


「うん」


 基本的に精霊は人間に危害を加えたりしないし。


「……そうか。クロが言うのならば安心だな」


 なにその信頼感は。嬉しいけどさ。


「あーっ!」


 と、いきなりわたしたちの背後でチコが叫んだ。びっくりするなぁ。


「どうしたの、チコ」


「クロさん、あれを見てください~!」


 チコが前方を指さす。

 その先にあったのは……


「きのこ畑……?」


 と、わたしは口に出す。そうとしか言い表せない場所だった。

 少し開けた空間に種々様々なきのこが、たくさん生えている。

 雰囲気的に自生しているって感じではない。土や草が手入れされているみたいだし、誰かが栽培しているような……けど、こんな森の中で誰が?

 それに……わたしの感覚がたしかなら、周囲の濃密なマナはこの場所が発生源だと思う。

 ここはいったい――


「クロさん、あそこに岩きのこもありますよぉ、ほらほら!」


 たしかに、きのこ畑には目的である岩きのこも生えているみたいだ。


「よーし、チコがクロさんのために岩きのこゲットですぅ!」


 言うが早いかチコはミュウが入った桶を地面に下ろし、きのこ畑に向かって走り出した。


「あ、ちょっとチコ!」


 この場所はなにか変だ。迂闊に近づくのはやめておいた方がいいと思ったんだけど……わたしの制止は間に合わなかった。

 チコはきのこ畑の前で屈み込み、岩きのこに手を伸ばす。

 名前通り、まるで岩のような質感をしたきのこにチコが触れようとしたとき――

 ガサガサと音を立て、近くの茂みから黒い影が飛び出してきた。


「チコ!」


「チコくん!」


「チコちゃんっ!」


 わたし、ロゼ、ミュウの声が重なる。


「もぅなんです……ぶふぅっ!」


 こちらを振り返ろうとしたチコが、茂みから現れた黒い影に殴り飛ばされた。

 ドゴッ、と鈍い音がしてチコの身体がこちらに飛んでくる。


「チコっ、大丈夫!?」


 わたしのすぐ前方で落下したチコに、わたしは慌てて駆け寄った。


「どうせなら……クロさんに抱きとめてもらいたかったです……がくっ」


 あ、なんか大丈夫そう。


「クロ、気をつけろ!」


 ロゼの声にハッとなり、わたしは前を向く。

 きのこ畑の方から、黒い影がゆっくりとこちらへ近づいてきていた。

 次第にその姿がはっきりとしてくる。


「……え?」


 わたしは思わず間抜けな声を漏らす。

 茂みから出てきてチコを殴り飛ばした黒い影。

 そして今、わたしの目の前で立ち止ったそれは――


「――き、きのこ?」


 手足が生えた大きなきのこだった。

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