桃きのこの森へ6
桃きのこの森。
それが港町マリンシェルの近くにある森の名前だ。
由来は桃きのこという、特別なきのこが生えるから。
といってもこれは、半ば伝説みたいな物なんだけど。
月が桃色に染まる夜、森のどこかに桃色のきのこが生える……らしいんだけど、ここ百年ほど桃きのこを目にした人はいないみたいだ。
錬金術師的には、ちょっと見てみたい気もする。
なぜかというと、桃きのこは錬金術の素材として優れた物だって師匠から教わったから。
だけど、今は桃きのこよりも岩きのこだ。
マリンシェルの町から街道を歩いて一時間ほど。
わたし、ロゼ、ミュウが入った桶を背負ったチコは森に入っていた。
緑が生い茂る森で、魔物を警戒しながら岩きのこを探す。
「クロさぁん、なかなか見つからないですねぇ」
チコがそう口にする。
「時期的に数が少ないからね。ていうか、まだ入り口をちょっと探しただけでしょ」
辺りをよく観察しつつ、わたしはチコにそう返答した。
うーん、ここにも岩きのこは生えていない。
「ふむ……もっと奥に進まないとダメだろうか」
先頭を歩くロゼが、わたしを振り返って言った。
彼女の腰には、鞘に収まった剣が提げられている。
ロゼが剣を振るうところは何度か目にしたけれど、その腕前は間違いない。安心して前衛を任せられる。
ここはまだ森の入り口だ。奥に進めば、たぶん魔物が出てくると思うけど……
チコにロゼ、わたしの道具があればなんとかなるはず。
桶に入ったミュウを守らなくちゃいけないのが、ちょっと不安だけど。
「ロゼ、チコ、先に進もう」
「了解だ」
「はーい」
辺りで岩きのこを探していたチコと、周囲を警戒していたロゼがわたしの元に集まる。
「ミュウは大丈夫?」
「はいクロちゃんっ、問題ないですっ」
わたしが声をかけると、ミュウは桶の中で嬉しそうにはしゃいだ。
「だぁぁもうっ、暴れないでください!」
桶を背負っているチコがミュウに文句をぶつける。
「チコちゃん顔が怖いですっ」
「ぬわんですってぇ!」
「はいはいケンカしない」
そんな二人を宥めつつ、わたしたちは森の奥へと歩を進める。
しばらく森を進むと――
前方にウルフという魔物が三匹現れた。暗灰色の毛をした、鋭い牙を持つ獣だ。
「気をつけろ!」
鋭い声を発して、ロゼは腰の得物を抜き放った。
美しい装飾が施された柄と、細い刀身。レイピアと呼ばれる片手剣だ。
「グルルルルゥ……ガウッ!」
唸り声を上げ、牙を剥いた一匹のウルフがロゼに飛びかかる。
「――やあっ!」
慌てる様子もなく、ロゼは襲いくるウルフに刺突を繰り出した。
細身の刃がウルフを刺し貫く――まずは一匹。
「オオオオンッ!」
吠え声を上げながら、二匹のウルフが一斉にわたしを狙ってきた。
「クロさん! あぶなああああいっ!」
わたしに迫るウルフ目がけて、チコが駆けてくる。ミュウが入った桶を背負っているとは思えないほどの速さだ。
「せえええいっ!」
「ギャンッ!」
鉄製の手甲を装備したチコの拳がウルフを殴り飛ばした――これで二匹。
こちらを狙うウルフに、わたしは腰のポーチから取り出した丸くて黒い玉を投げつける。
黒い玉はウルフの顔面にぶつかり割れた。
割れた玉の中から、微かに紫色の煙が噴出する。その煙を吸ったウルフは、瞬く間に地面に転がって絶命した――これで三匹だ。
「ふう……近くにはもういないかな」
わたしは緊張の糸を解いて、息を吐き出す。
「おそらくな、だが警戒は怠るなよ」
細剣を鞘に収めながらロゼが注意を促す。
「まあ、ウルフぐらいならちょちょいですよねぇ」
チコは余裕綽々といった感じ。
わたしも魔物との戦いはそれなりに場数を踏んだけど、未だに慣れない。
「みんな……すごいですっ! かっこいいっ!」
桶の中でミュウが拍手をする。
「クロちゃんの投げた玉……あれはなんですか?」
「ああ、これ?」
わたしはポーチから黒い玉をひとつ取り出してみせた。
「これは錬金術で作った毒ガスの玉……『行ってらっしゃい! 地獄は近くにあった……気がついても時すでにおすし☆』だよ……ぷふっ」
遅しとお寿司(文献で見た東方の料理)をかけてみた。我ながらナイスギャグ。
「ど、毒ガスですかっ……でも、また変な名前……もが」
なぜかロゼリアがミュウの口を塞いでいる。
「さすがクロさん! 完璧なネーミングセンスですぅっ!」
チコが褒めちぎってくれる。素直に嬉しい。
「……ぷは、でも毒ガスって、ちょっと怖いです」
ロゼリアから解放されたミュウが眉尻を下げる。
「そんな怖がらなくても、強い衝撃を加えない限り平気だよ」
わたしはこういった道具を駆使して魔物と戦う。
他にも強力な爆弾とかあるけど、さすがに森では使えない。火事になってしまう。
だから今回は、この毒ガス玉を選んで持ってきたのだ。
「クロさんて、涼しい顔で怖ろしい道具を作ったり使ったりしますよねぇ……でも、そんなところも好・き」
「さ、岩きのこを探そう」
「ああっ、全力でスルーするクロさんも素敵っ!」
しつこいチコは放っておいて、わたしは岩きのこを探し始めた。
岩きのこ探しを開始して数分後、わたしは危機に瀕していた。
少し焦っていたのだと思う。茂みにいる毒ヘビに気づかなかったのだ。
やってしまった……
そう口に出そうとするが、全身が麻痺しているため口も動かない。
「おいクロ、しっかりしろ!」
「クロさあああん!」
「どうしたんですか、クロちゃんっ!」
土の上に仰向けで横たわるわたしを、ロゼ、チコ、ミュウが覗き込んでくる。
幸いこれは死に至るような毒じゃない。だけど数時間は身体が麻痺したままだ。
ポーチに解毒薬があるんだけど、誰か気づいてくれー。無理か。
「おい、手に傷があるぞ……毒ヘビに噛まれたのではないか!?」
さすがロゼ、よく見てくれる。そのまま解毒薬にも気づいてくれないかな。
「チコちゃん、ちょっと下ろしてくださいっ!」
「は? 下ろすってなにを言って……」
「いいですっ!」
バシャリ、と水音を立ててミュウは桶の中から飛び出た。
「ちょっとぉ! なにやってるんですかこの人魚はぁ!」
桶から跳ね出たミュウは、地面に横たわるわたしの元まで飛んできた。
まったく危ないなぁ……と思っていると。
「んー」
なぜか瞳を閉じたミュウの顔が眼前に迫ってきた。
えっ、これは……ええっ!?
「なっ――なにをしているんですかこの淫乱ピンク人魚おおおおおっ!」
チコが悲鳴にも似た叫びを上げた。
ぴた、とミュウの動きが止まり、チコの方を振り向く。
「なにって……ワタシが治癒しようと思って」
「ちゅー!? それは見ればわかるってんですよ!」
チコ違う。ちゅーじゃない治癒だよ。
いやでも、さっきミュウは明らかに自分の唇をわたしの……
わたしの口に――
なにかが流し込まれた。苦い液体だ。
すると全身の麻痺が徐々に回復していく。
「クロのポーチに解毒薬があったぞ!」
ロゼがわたしのポーチから薬を取って飲ませてくれたようだ。さすがロゼ。
「ところで、なにをやっているんだ君らは?」
「むきーっ! この泥棒人魚おおおお!」
「なんですかっ! ワタシなにも盗んでませんっ!」
なにやってるんだろうね、本当に。
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