錬金術師と人魚姫5

 人魚を入れたカゴを背負って、港からわたしの家である元図書館まで無事に帰ってきた。

 途中、何度か町の人に挨拶されたりしたけど、特に怪しまれたりはしなかったと思う。

 わたしが採取用のカゴを背負って歩いているのなんて、マリンシェルの人たちにとってはもう見慣れた光景らしい。


「よいしょ……っと」


 閲覧室を抜けて奥の部屋まで来たわたしは、床の上にそっとカゴを下ろした。

 薬で力を強化していたけど、わりと重かったな……わたしの素の力が貧弱すぎるからだろう。


「やっぱり、ちょっとは鍛えた方がいいかな……」


 よく友人たちからも言われてしまうし。クロは華奢だから心配になる、とかなんとか。

 それは考えておくとして、薬の効果が切れる前に人魚をカゴから出してやらないと。


「やっぱり……水の中がいいのかな?」


 そうなると、あそこしかないな。

 まずはカゴから人魚を出してあげよう。

 わたしはカゴのフタを開いて中を覗く。人魚はまだ意識を失ったままだった。

 目を閉じた人魚の顔に視線が行く。改めて見ても、やっぱり綺麗だ。


「……早く運ぼう」


 見とれている場合じゃない。

 わたしはカゴから人魚を抱き上げ、居住兼作業場であるこの部屋の、さらに奥へと通じる扉の前に立った。

 この扉の向こうには、洗面所とお風呂がある。

 洗面所は元からあった設備だけど、お風呂はわたしが友人……ロゼリアに頼んで用意してもらった物だ。

 扉を身体で押し開けて中へ入ると、そのまま浴室まで進んだ。

 石造りの浴槽には水が張ってある。朝のうちに貯めておいた今晩のお風呂用だから、汚れたりはしていないはず。

 わたしは人魚を浴槽の中にゆっくりと下ろした。

 水に身体が浸かった直後、ぱしゃりと水音を立てて人魚の尾びれが跳ねる。


「――はっ、リリースされちゃいました!?」


 びくん、と身体を揺らしながら人魚が目を覚ます。


「まだしてないよ」


「よかった……って、あなたはワタシを釣り上げた人っ!」


「うん、そうだけど」


「もしかして……ワタシを食べる気ですかっ!」


「いや、食べないけど……ああでも、人魚の肉を食べると不老長寿になれるんだっけ」


 そんな伝説を聞いたような気がする。


「やっぱり食べる気ですかっ! ワタシは美味しくないですよ……?」


 人魚は少し怯えた様子だ。


「だから食べないってば」


 ……錬金術師として不老長寿には興味あるけど、黙っておこう。


「本当ですか……? じゃあどうしてワタシを釣ったんですか?」


「まあ、それは偶然というか……不慮の事故? とにかく、わたしは貴女を食べたりなんかしないし、危害を加える気もないから安心して」


「……わかりました」


 素直だな。もうちょっと疑ったりしてもいいと思うけど。話が早くて助かるからいいか。

 とりあえず、ご飯を用意してあげないと。しかし人魚って、なにを食べるんだろう。人間と同じ物で大丈夫なのかな。一応、確認してみないとだよな。


「ところで人魚さんは……」


「ミュウですっ!」


「え?」


「ワタシの名前、ミュウっていいますっ!」


 元気のいい声で人魚――ミュウは自分の顔を指さして笑う。


「貴女のお名前はなんですか?」


「クロだけど」


「クロちゃんっ!」


 いきなり馴れ馴れしいな。でもなんかこう、不思議と嫌な気はしないけど。

 さっきまで怯えていたくせに、今はニコニコと笑っている。表情豊かな子だなあ。


「ええと、じゃあミュウさんは……」


「ミュウですっ!」


「え?」


「ワタシの名前、ミュウっていいますっ!」


 なにこの近すぎる既視感。


「さんはいらないです」


「ああ、そういう……じゃあミュウはなにか食べ……」


「じぃ~」


 などどわざわざ口に出しながら、ミュウがわたしを凝視してくる。


「な、なに?」


「クロちゃんって、可愛いですねっ」


「は、はあ!?」


 いきなりなにを言い出すのか、この人魚は。面と向かって恥ずかしい……思わず変な声が出たじゃないか。なんか顔とか熱くなってきたし。


「……そんなことより、ミュウはお腹空いてるんじゃないの?」


「はっ、そうでした! ワタシ腹ぺこですっ!」


「なにか食べたい物ある? ていうか人魚って、なに食べるの?」


「う~ん……美味しい物ならなんでもいいです」


 なんでもいいが一番困る。


「じゃあ……焼き魚とかでもいいんだ?」


「共食いですか!?」


 ミュウが泣きそうな声を出す。やっぱりそこはダメなんだ。

 今はマリンシェルじゃ食用の魚は貴重だから、たぶん手に入らないけど。


「うう……どうか魚介類以外でお願いします……」


「わかった」


 昼食を二人分。うーん、なにを用意しようかな。

 わたしはメニューを考えなら、浴室を後にした。

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