第29話 最初の夏


あれから1年が過ぎ。



野球でぽっかりと開けられた私の心を、埋めるものは結局、野球でしかなかった。野球というスポーツは、私から奪いもしたが、同時に貴重な経験と思い出を与えてくれていた。


落胆させ、気落ちさせ、絶望の淵へと突き落としたかと思えば、希望を与え魅了する。

結局のところ、姉のいない野球に、シンジさんの欠けた野球に、未だにしがみついている。


「ワンアウト!打たせていくよ」


私はマウンドで堂々と一本指を掲げ、味方を鼓舞する。指の先には青。そそり立つほどの入道雲と高い空。


姉のいない最初の夏。

シンジさんのいない最初の夏。

エースナンバーを背負った、初めての夏。夏。夏。


夏は今年も私に何かを与え、たぶん何かを奪っていく。でも、それで良い。もう私は大丈夫。

思い出はいつも、私の心の中にあるのだから。

私は、まだ恵まれているのだから。



いつか、そんな思いすら味わえない夏がくる。

250校。これは平成29年度の小学校廃校数。

平成14年から数えるとその数は5000校に登る。


今、県は廃校活用プロジェクトに躍起になっている。廃校に財産的価値を見出す為、廃校は酒蔵に変わり、はたまた、温泉施設へと変貌を遂げたりと様々だ。大人達は新たな財産価値を見出すことに、喜びの声を上げている。


いずれ、格差は広がり、過疎化の進んだ田舎者が県大会へ出場する夢すら見ることの出来ない未来が来るだろう。それどころか、この緑豊かな大地に子供の声が消え、バットの金属音が響くことのない日が、間近に迫っているのかも知れない。


今、私がマウンドに立つこと。それ以前にグランドがある事すら奇跡的なことなのかもしれない。今日も私は、ギリギリ間に合わせのチームで投げている。


これからも、見ず知らずの誰かが笑顔で野球を始められる。そんな日が続く事を願って。

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