第28話 対決

底知れぬ空気の重圧に肌がピリつく。

雨がゆっくりと落ちてゆくほど刹那に感じる時間。それでも、立っていられるのは期待。こんな私にも期待してくれている仲間がいる。


初球、気持ちを込めて放つ投球は内角低め。大きく振りかぶり放たれるボールは、初速と変わりなく勢いそのままに、雨をはじきながら突き進む。


私の気持ちを乗せて、みんなの願いを乗せて。

姉の思いも親の期待も、私の知る全てを乗せて、突き進む。


キーン!


銀色のバットが音を立て、弾かれたボールは鉛色の空に消えていく。私は見上げる余裕もなく膝をついた。理解した。

完膚なきまでに打ち返されたのだと。


悔しさなど微塵もない。それ以上に気持ちは晴れやかだった。


気持ちがいいほどの快音、四番の一振りと言うのは、私の心まで打ち砕いてしまうのか。緊張の糸が解かれていく。期待や責任といった重圧から解き放たれる。夏が終わってゆく。


「ユイナが入ってくれて助かったよ。私一人で投げぬくのは正直つらいしね」

「ユイナのピッチングも悪くないぞ。キャッチャーが言うんだから間違いない」

「チビはチビでもお前はできるチビだ」

「キャプテンからも礼を言う」

「僕の計画にユイナは必要だ」

「同い年がいると安心するよ」



「野球部に入ってくれて、ありがとう」



真夏の冷気をかき消して、熱狂する相手側の応援席。


悠々とベースを一周する貫禄の4番打者が、三塁を回りホームベースへ向かう。その雄姿が嫌でも目に入る。


サヨナラ


何かに別れを告げるホームからの足音。英雄の帰還。終焉を告げる一踏み。


そんな、四番の儚い足音を堪能する前に、蜂の巣を突いたように、相手ベンチからは選手がなだれ込む。こんなに強大な力を相手に、ちっぽけな私達は立ち向かっていたのだと、改めて気付かされた。



シンジさんは怒涛の勢いで迫る群勢に弾かれ、呆然と立ち尽くす。トボトボと近寄る私に気づき、いつもは見せない様な、ハッとした表情を見せる。


「ナイス、ピッチャー」

「ナイス、キャッチャーです」


「やられたな」

「ですね」


私の目の前には、晴々とした顔があった。


それからは、ゆっくりと流れていた時間は、遅れを取り戻すかのように急足で進む。泣き喚く姉をシンジさんがフォローし、キャプテンは男泣き。滴る涙も気にせずチームをまとめ上げ、整列させる。


「雨の為、試合続行は不能と見做し、2対1。キャプテン、握手。ゲーム!」


テンポの良い主審の掛け声。熱く手を握るキャプテンと相手方の四番。


「ありがとうございました!」


溌剌とした挨拶に両校、応援ベンチからは鳴り止まぬ拍手の雨が降り注ぐ。



寝息がこだまする帰りのバス。疲労困憊の体は泥のように溶け、夢虚でバスに揺られていた。


「本当に野球辞めるのかよ」

「ホントだよ」

「そっか」


バスに切実な声が落ちた。



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