第27話 一縷の望みに掛けて
同点に追いついた6回裏。
同点により試合は続行となるものの、再試合が頭をよぎるほどの雨。真夏に似使わないほどの冷気がグランドを這う。
相手の攻撃。バッターは左の2番から、この後も体格の良い上位打線が続く。それでも、此処を抑えれば、こちらにもチャンスはある。
7回は、こちらも上位打線から始まる。それを逃しても、延長戦に持ち込めばシンジさんまで打順が回る。
私は必死にシンジさんのキャッチャーミット目掛けて投げた。今だからこそ分かる絶対の安心感。姉が一度も首を振らなかったのが、今になって分かる。
低め低めにボールを集め、左右に振り分けながら2番バッターを追い詰めていく。それでも、一瞬の猶予も許されない状態が続く。
高めの釣り玉でさえ緊張が走るくらいだ。
2ストライク、1ボール。全身全霊、一心不乱に腕を振るう。外角に外した球は技ありでカットされる。一つのアウトが遠い。
「サードだ!サードに打たせろ」
「ショートでもいいぞ」
「セカンドでもいいよ」
無理に三振を狙うな。私は自分に言い聞かせる。私の良さは姉とは違う。
「ユイナはさ。速球とか緩急とか、そんなん無くても打たせてアウト取れるよ。アオイはアオイ。ユイナはユイナ。三振もアウト一つだし、内野ゴロもアウト一つ、外野フライでもアウトは一つ。」
パンパンとミットを叩く捕手の素振りが、この前の言葉を思い出させる。シンジさんは私を妹としてではなく、ユイナとして評価をくれる。そんな乙女心を理解した捕手のミットは内角を要求した。
キーンと響く金属音。音とは裏腹に弱々しく打ち上がる打球。詰まったあたりは、セカンドフライ。難なく、たっちゃんが捕球して、ワンアウト。
3番は右打者。筋骨隆々とした偉丈夫。筋肉質の男はバッターボックスに入るなり吠えた。私の体は小動物のようにビクつき縮こまる。
私は首を振り、劣等感を払う。相手の苦手な内角低めを徹底的に攻めた。ケンゴ君のスコアブックから読み解かれた、最上級のデータ。ドキリとするレフト線の大きなあたりも、切れてファールになる。
「そこのコースは何度投げてもファールにしかなりません」
ケンゴ君の自信に満ちた発言も、それは私の安心には繋がらない。
私には自信がないの。それはわかってほしい。その作戦は私でも出来るのか、姉の力量で計ってないのか。ツーストライク。追い込んでも、私には不安が残る。
二球、立て続けに外した外角低め。ずっしりと構えたバッターは微動だにしない。威圧的な眼光を激らせる打者の視線に、私は押し潰されそうになる。不安と恐怖に打ち勝ちたい。
祈る様に見つめる姉の視線が今は痛い。
「タイム」
そんな不安を感じ取ったのか姉がマウンドに向かう。
「はい。ロジン」
「あ、ありがとう」
ボロボロの滑り止めを渡し、新品の物を受け取る。
「ありがとうは、私の方よ。ユイナのおかげで最高の夏になったわ。私は満足よ。後は自分の為に投げなさい。後悔しても、この夏は帰ってこないんだから」
「うん、ありがとう」
「だから、ありがとうは私の方だって」
「うん、でも、ありがとう」
「あー、もう。じゃ、頑張って。私はちゃーんと見ててあげるから」
この夏。一生分のありがとうを言われた気がする。今まで挨拶さえ、ろくに掛けられなかった私に取っては大切な出来事の数々。
ケンゴ君のデータを信じ、シンジさんのリードを信じ、私は内角低めに投げる。
パスンとキャッチャーミットが雨粒を震わす。
「ストライク!アウト」
湧き上がる歓声。三振したバッターは体を震わせベンチへ退く。そんな頼りない背中をパシリと叩き味方を励ます次の打者は四番。スラッガーの登場に空気が一変するのを感じた。
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