第26話 見破られる秘策
カツンとバットの先にボールが当たる。勢いを殺すどころか打ち負ける。べちゃりと地面に倒れる私の体と反対に、ボールはふわりと打ち上がった。
ボールは、そのままゆっくりと落ち、私の目の前で、キャッチャーミットに収まる。
「アウト」
スクイズ失敗。
貴重な同点のチャンスを逃してしまう。
ハヤトさんは反転。素早く三塁へ戻ったものの、ツーアウト。もう、奇跡を信じるほか無い。私達のチームに代打を残すほどの余力なんてない。
「ナイス、ファイト。」
すまないと言わんばかりに、ケンゴ君は私の手を取り起き上がらせる。
「ごめんなさい」
「あれは僕のミスです。大丈夫。攻略しました。気にしないで、僕が絶対に打って返しますから、安心して下さい。」
いつも、丁寧な口調のケンゴ君が目をギラつかせ、私の背中をポンと押した。私がトボトボとベンチへ向かう途中。雨音を切り裂く快音が背中から響く。
びっくりして振り返ると、痛烈な打球がライト方向、惜しくもファール側へ切れていく。
「行けるぞ、ユウナ!サヨナラの準備だ」
バッターボックスから、らしく無い大声を張り上げるケンゴ君。メガネが雨粒で滴る。「シャー!」と言う雄叫びもらしくない。
ツーアウト、ランナー1塁、3塁。
雨足は更に強くなる。スタンドの声援も雨音の前に弱々しい。
ピッチャーは滴る雨を気にすることなく、セットポジション。振り上げる足は小さく、クイックモーション。
「走った!」と響く声と共に、素早く投げられた白球は、またも見透かしたように高めに外れたウエストボール。キャッチャーの矢のような送球を前に1塁ランナーのヨシユキ君が挟まれた。
ケンゴ君が二度も策を読まれるなんて。
ヨシユキ君は体を反転させ抜け道を探る。それでも、距離は縮み、グローブが小さな体に迫る。あぁ、夏が終わる。そう思った。
「バックホーム!」
雨音でかき消されそうなキャッチャーの声がグランドに微かに木霊する。セカンドは1塁ランナーに釘付け、勝ちを確信したように、ヨシユキ君にグラブを当てる。
「セーフ」
「アウト」
2塁塁審の掛け声より早く、主審の声が轟いた。
大声で叫ぶキャッチャーをよそ目に、ハヤトさんがホームへ滑り込んでいた。
同点。6回表の軌跡。
首の皮一枚で繋がった。
ハヤトさんとケンゴ君がホームでハイタッチを交わす。
「上手くいったな」
「練習の甲斐がありましたね」
ケンゴ君が私の方へと歩いてきた。
「ファールを打った時は、本当に逆転が狙えるかと思いましたよ」
「あのバッテリー、死球でランナー出してからは外角多めでしたからね。読みが当たりました。それでも、ファールにするのがやっとですよ。まぁ、ハッタリには、なりましたけどね」
そこに、防具をつけたシンジさんが加わる。
「まさか、地方大会の苦い思い出が役に立つとはな。やっぱりサインは読まれてたか。」
「えぇ、まぁお陰で最後の策がハマりましたが」
シンジさんが私に視線を向ける。
「まだ終われないな。ユイナ、もう一踏ん張り行くぞ。」
「はい!」
6回裏。私はマウンドへと向かった。
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