第25話 必死の下位打線

ネクストバッターズサークル。近くに仲間はいなくとも、仲間は確かにいる。高く伸ばした右手が証明している。バッターボックス上、ガッツポーズをするヨシユキと目があった。


「お前はちびっこ野球友の会、会員番号05だ」


そう声をかけてもらったのが、ついこの間のように感じる。


「チビだってな、工夫次第で勝負できるんだ。戦えるんだよ」


熱く語るその姿は、最初はどこか負け犬の遠吠えのように感じた。それでも、彼の熱心な指導を受けていると戦えると確信に変わっていく。


「バントは力を必要としないんだ。転がす方向をうまく制御さえすれば、どんな重い球でも出塁できる」


ヨシユキ君も続け、私は強く念じた。

ちびっこ友の会、会長の底力を見せてやれ。


素早くバットの持ち手を変えると、外角低めに放たれたボールに対し、体ごと当たるかのように、バットを突き出した。


セーフティバント。


サード、ライン際。雨でぬかるんだ地面はボールの勢いを止める。決して早くはない走塁。それでも根性で頭から滑り込み、1塁ベースに手を伸ばす。


ある日の回想。

「一塁は駆け抜けた方が早いと言われてたけど、、、あれは嘘だ。今はヘッドスライディングの方が早いってデータが証明している。だけどケガするからな。わかっててもやるなよ」


ヨシユキ君の嘘つき。自分がやってんじゃん。


「セーフ」


泥だらけの顔が私も続けと期待を煽る。この期に及んで、姉もハヤトさんも、ヨシユキ君も、清々しい顔をしている。


雨粒弾く泥土のバッターボックスに入る。まだ負けたくない。バットを握る私の手に自然と力が入る。


「ボール」


どうにかボールを追えるくらいに目は慣れてきている。姉の悔しさに、ハヤトさんの努力に、ヨシユキ君の勇気に、私も一矢報いたい。


高まる感情と緊張に冷たい雨が冷静になれとばかりに体を冷やす。肩の力は程よく抜けていた。そんな万全な状況でも、私のバットは空を切る。


ワンストライク、ワンボール

ワンアウトでランナー1塁、3塁


ケンゴ君からサインが出る。

今こそ、チビでもやれるところを見せてやる。

ヨシユキ君が身をもって示したんだ。私だってやれる。だって、私はちびっ子野球友の会、会員番号05番。打てないチビでもやれること!


スクイズ。


バットを素早く持ち替える。球を当てるのは、バットの芯から球1個分先。この周辺が一番打球の勢いを殺せる。左手でボールを捕球するようなイメージ。ヨシユキ君の教えを唱える。


ウエストボール!


高めに大きく外した球。完全に読まれていた。

三塁走者のハヤトさんはスタートを切っている。私は片手だけで必死にバットを伸ばす。


届け!どうか届いて。


ここまでのみんなの努力を無駄にしたくないの。お願いだから届いて。

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