第24話 姉の思いに続け
リョウタ君が三振に倒れる。
次打者は姉の筈だが見当たらない。
「私、お姉ちゃんを呼んできます」
「その心配はないわ。大丈夫よ」
姉は辛辣な表情のまま、バッターボックスに入る。もう、後半戦だというのに、相手ピッチャーの球威は衰えることを知らない。それでも姉は意地を見せた。
2ストライク、2ボールと追い込まれてから、ファール、ファールと粘る。バットを短く持ち、カットすることだけに念頭を置いているようだった。
しびれを切らしたピッチャーが集中を欠いた。予想以上に内角へ入ってくるボール。姉は避ける動作を取りながらも狙っていた。ボールが姉のユニホームを掠めた。主審は見逃す事なく、デットボールと判定を下す。
姉は自らタイムを取り味方ベンチに戻ってくる。平然とした態度で、堂々と、最後の夏を謳歌するように。
「ハヤト、交代よ。代走よろしく。シンジ、これでいいでしょ」
あっけらかんとして交代を告げる態度に、みんなは目を丸くした。シンジさんだけは「ああ」と苦虫を噛み潰したような表情で返事をしていた。
「あと、リョウタ君、替えの服ありがと。」
「お安い御用っすよ。デブは変えの服、たくさん持ってますから」
「結局、すぐ汗で濡れるけどな」
ケンゴ君のシュールな突っ込みにベンチ内は明るくなる。
「ケンゴ君はやっぱり策士ね。後も頼んだわよ」
そう言って姉はダブついたユニホームを引っ張り陰険な目つきの策士を讃えた。
ケンゴ君は眼鏡を中指でくいッと持ち上げて「はい」と答えた。
ワンアウト、ランナー1塁で代走は陸上部掛け持ちのハヤトさん。
待ちに待った晴れ舞台に、緊張の色はない。
ぴょんぴょんと飛びながら、もも上げをする。
バッターは7番、ヨシユキ君。
私は、ネクストバッターズボックスで見守る事しか出来ない。
ハヤトさんは二球の牽制にも屈せずリードを大きくとると、苦手な左投手にも関わらず抜群のスタートを切った。
私たちは陸部の練習が終わった後、彼が盗塁の練習をひたすらしていたのを知っている。彼なりに地方大会で盗塁を決められなかったことを後悔しているようだった。
そんな彼を知ってるからこそ、私は、私たちは期待してしまう。そして願ってしまう。
どうか、成功しますようにと。
捕手の力強い送球も、ハヤトさんの足の方が優っている。そう確信できるほどの走り。スプリンターの意地。バネのように弾む体を、すぐにトップスピードまで持っていく。
「セーフ」
彼はスライディングした体を軽やかに起こすと、二塁ベース上でガッツポーズをした。
努力の成功を目の当たりにすることがどれだけ貴重なことか私達は知っている。残酷なスポーツの世界だから。だからこそ、この時が一番に報われる瞬間。輝かしい瞬間なのだ。
私は仲間と一緒に右手を天に伸ばした。
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