第21話 小さなピッチャーの独り言③

2アウトからヒットでランナーを出す。

ランナーは1塁ベースから大きくリードを取り、私にプレッシャーをかけてきた。

牽制をいれつつ、乱れた心を落ち着かせる。


今なお数々の私の為にかけられる声援が聞こえる。いろいろな人の支えが今の私を形作っている。そんな期待に答えたい。


雄々しく声をかけるキャプテン

クールに声をかけるユウキ君

やんちゃな声で励ますたっちゃん

やさしい声で励ますリョウタ君

小さな体を大きく揺さぶるヨシユキ君の声が聞こえる。

普段はあまりしゃべらないケンゴ君も声をだす。

そして、姉。そして、シンジさん。


私は熱狂する応援席を見据えて、指示通りに投げる。

「走った!」

シンジさんは高めに外したウエストボールを掴むと、ミットを翻し目の覚めるようなレーザービームを2塁に放る。ボールを掴んだユウキ君のグラブが滑り込むランナーの足に触れる。

「アウト」

審判の威勢のいい声に体を弾ませベンチに戻る。


「ナイスピー」


そう声をかけるのは陸部から助っ人のハヤトさん。そんな彼をよそ者扱いする部員は一人もいない。


みんな知っているからだ。陸部の練習後、疲れた体に鞭うって、ひたすら盗塁の練習をする彼の姿を見ているからだ。


昨日の試合で代走の起用はなかった。たぶん今日の試合でも出番は無いだろう。

この先も出番は無いかもしれない。それでも努力する彼の姿は美しい。


6回裏。

打者一巡の務めを果たした私は途中でライトに下がる。その後は、姉が危なげないピッチングで6回残りを抑えた。


7回もヒットとフォアボールでランナーを出すものの姉がしっかりと抑えきった。一点差と熱戦の末、私達は投手戦を制することが出来た。


試合後はチームメイトの頼もしい背中も少年にもどる。

「なぁ、あやちゃん来てなかった?声聞こえてたんだけどな」

「いたような気もするけどな」

私は曖昧な言葉で返す。

たっちゃんの歓喜に沸き立ちながらも、そっと青春に目を向ける姿は愛くるしく感じる。


それは、シンジさんでも変わりない。

「いつまで、アイシングしてんだよ。凍傷になっちまうぞ」

「うっるさいな。キャッチャーなら試合後も投手の心配をしなさいよ!」

「どっか痛むのか?」

「んなわけないでしょ。それぐらい心配しなさいって言ってるの」

シンジさんは姉の一喝に心配そうな顔を崩し、顔を赤くして怒りをあらわにする。

「だまされた。ねっ、だまされた?」

いたずらに覗き込む姉の頬を彼はじゃれつようにつねっていた。


「いいな」

私の渇いた声が誰の耳にも入る事なく泡と消える。


「はい。はい。みんなバスに乗って。雨が降る前に早く帰るわよ」

「監督、それ来週の天気予報です。今日は晴天のはずです」

ケンゴ君の冷静な突っ込みに、「あらら」と手を口に当て目を丸くする監督さん。


目の前のシュールなコントにみんなは爆笑。シンジさんだけ、再び顔を赤くしていた。


帰りのバス。ヒマワリのような笑顔が咲き乱れていた。

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