第18話 頑張ったね

萌えるような木々が揺れる7回表。ここを守り切れば、みんなの笑顔が待っている。衰えることない日差しと蝉時雨。夏草の匂いを湿った生ぬるい風が運ぶ。


スタンドの歓声はファンファーレ。

大規模管打楽器のようなアンサンブルが、日差しと共に乾いたグランドへと降り注ぐ。


そんな歓声を切り裂いて、螺旋回転の直球がキャッチャーミットを鳴らした。


解放された心は伸びやかに。

もう、迷わない。

もう、怯えない。

もう、仲間を疑いなんてしない。


振り遅れた左バッターの打球はサード真正面に転がる。キャプテンはボテボテのゴロを素手で掴むと、動く体をそのままに、ファーストにランニングスロー。


「うっシャー!ワンアウト」


キャプテンは険しい顔で吠えると、優しい顔で私に1と指で示して伝える。私も少し照れながら、1を作って声の無い返事を返す。


ワンアウト。

続くは6番、右バッター。

私は、アン、ドゥー、トロアと、流れるように体を動かし、ワルツのテンポで、テンポ良くバッターを追い詰める。


ツーストライク、ワンボール。

追い込んだ、次の一球。浅い外角低め。

バッターは詰まらせながらも、鋭い打球を一、二塁間に弾き返した。


「セカンド!」


シンジさんの凛々しくも猛々しい指示が飛ぶ。

タッちゃんはかなり深くボールに対し回り込と、気迫の横っ飛び。手を伸ばす。意地を見せる。


飛び魚の様に跳ねるボールを空中でキャッチ。

フワリと体ごと着地すると、素早く起き上がりファーストへ送球。


「アウト」


1塁塁審が右手を大きく上げる。

「ナイス、セカンッ」

タッちゃんは私の声に反応して、照れながらも手でキツネさんを作ってくれた。

私はピースで返す。


ツーアウト。あと一人。

ここで、相手は代打を起用してくる。

ヒグマの様に大きな男子が、ぬぅっとベンチから顔を出すと、地響きを立てるかの如くバッターボックスに入った。


私は獰猛な肉食獣の睨みにも屈指ず、大きく振りかぶる。


アン、軽く右足を上げながら体を捻る。

ドゥー、右足がガチっと地面を捉え胸を張る。

トロア、放つ。


腕が体の流れる動きに導かれて鞭の様にしなり、柔らかい手首がスナップを効かせると、ピストルのように白球が飛び出した。


バッターは初球から狙ってくる。

風を強引に切り裂くような力強いスイングが、浮かび上がる直球の下を叩く。


キャッチャー頭上、浅いファールフライ。

シンジさんは面を剥ぎ取り、脇目も降らずに走り出す。慌てた主審が尻餅をつく。

飛びついた手の先、分厚い唇のようなミットには白球がスッポリと収まっていた。


「アウト」


主審が情け無い格好のまま叫んだ。

歓喜、歓喜、歓喜の声が四方八方から湧き上がる。地を揺らす。空気を震わす。


シンジさんはクールな顔を少し綻ばせながら、私にミットの中の白球を見せた。

その仕草が私は嬉しかった。

たぶん泣いていた。



帰りのバス。興奮冷めやらず。

頭は睡眠を欲している。体は休息を欲している。

それでも、私の目は冴えた。いや、みんなもそうだったと思う。起きていたかった。


「ユイナのジャイロまで変化球と言われたら、どうしようかと思ったけど、どうにかなったな」

「また、シンジさん、私をバカにして!もう、いつも、いつも、ジャイ子って」

「前にも説明じゃん。ジャイ子じゃなくてジャイロ。ジャイロボール。江夏豊だぞ」

野球部入りたての時、そんな事を言われた気もする。


「うわっ、ふっる!それじゃ分からないわよ。藤川球児とか渡邊俊介とか、せめて松坂大輔くらいは言いなさいよね」

姉がフォローに入るが、何が何だか言ってる事が私にはサッパリだった。


「それは、間違いですね。松坂は変化球の失投がジャイロ回転になるだけで、ジャイロボーラーではないと断言しています」

ケンゴ君が話に割って入ってくると、もう私の頭はショートし、気付けば眠っていた。


とりあえず楽しかった。

私には、それで充分だ。

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