第16話 ドンマイ
4-2。ランナー2塁、3塁。
プレッシャー。
目の前の敵と戦う為に、私は自制心を捨てる。
理性を解放して、私は言い訳を武器にして、力一杯投げた。
どうとでもなれば良い。
勝とうが負けようが関係ない。
私に責任はない。
恨むなら、私を野球部に入れた姉を恨め。
力任せに投げた。
ノビ、キレは無いものの、それなりにスピードは出た。出るには出た。
テンポは狂っていた。キャッチャーからの返球後、間など気にせず投げた。
心が狂っていた。
それでも、ツーストライク、ツーボールと追い込んだ。
恨み嫉みが最高潮に達した最後、手元が狂い出していた。震える手先を庇うように腕だけで投げた。
当然かもしれない。
言い訳に対する報いかもしれない。
すっぽ抜けた球はキャッチャーの遥か頭上を通り過ぎていく。
ワイルドピッチ。
キャッチャーは急いでボールを取りに行く。広大な本球場をカチャカチャと防具を鳴らし、ひた走る。3塁ランナーがホームを踏む。
そんな光景をカバーにも行かず、マウンドに立ち尽くして見ていた。
暴投と分かるや否や走り出していた2塁ランナーは3塁ベースを蹴るとホームベースに突っ込む。
キャプテンはガラ空きのホームベースに気付き、私の代わりにカバーへ走るが間に合わず、無常にもランナーはキャッチャーミットを掻い潜り右手をホームベースに乗せていた。
「セーフ!」
残酷なまでの主審の声と沸いたスタンドに、グググっと訳もわからない私の何かを込み上げた。ただただ、涙を流していた。
瞬きもせずに溢れ出す涙をどうする事も出来ず、立ち尽くしていた。
4-4。
同点。
ザックザックとスパイクで大きな音を鳴らし、キャッチャーが私に近づいてくる。
悪いのは私だ。分かってる。
ただただ、怖くて。恐ろしくて。
罵詈雑言を浴びせられるかと思うと、恐怖で嫌な汗が額から滴り落ちた。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
「ドンマイ、ドンマイ。気にすんな。コレでランナーもいなくなったし、楽に投げれるな」
「へ?同点ですよ。私の所為ですよ」
「ユイナは頑張ってるよ。だれも、そんな事、思ってないよ」
私は広大なグランドを見渡した。
「よっしゃ、次、打たせていこー!」
「楽にー。ストライク入ってきたよ!」
「おっしゃ、切り替えて。まだ負けてないよ!」
何で皆んな笑ってるの?
折角とった4点だよ。
取り返されたんだよ。
追いつかれたんだよ。
「俺もみんなも、ユイナが一生懸命に投げてきたの見てきたんだ。家に帰ってからも投球練習やってたのも知ってるんだよ。そんなユイナを誰も責めはしないよ」
シンジさんの優しい笑顔。
シンジさんは、お姉ちゃんしか見てないと思ってたのに。みんな、お姉ちゃんにしか興味がないと思ってたのに。
シンジさんは、キャッチャーミットで、私の頭を帽子ごと包み込むと、ガシガシと頭を撫でた。
「責任は全部、俺が取る。ユイナは思いっきり投げろ。大丈夫、今まで頑張って来たんだから。俺が最高のリードをしてやる」
「はい!」
「ユイナー。頑張れー」
外野から聞こえる姉の声。
「ドンマイ」「ファイトー!」
応援席から聞こえる保護者の声。
大丈夫。もう怖くない。
私は大きく振りかぶる。
体重をしっかり乗せて、胸を張る。
思いっきり蹴る軸足。
遅れてついてくる左腕が、鞭のようしなる。
決して姉みたいなスピードボールが投げれる訳ではない。それでも、気張りたい。
いつも、茶色とかジャイ子とか、みんな私の投げる球を馬鹿にしたりもするけど、今は期待してくれている。励ましてくれている。
私を一人の選手として見てくれている。
仲間として接してくれている。
気持ちのこもったストレートは、螺旋回転で突き進み、ククッとバッターの手元で伸び上がと、バットの起動を掻い潜りミット収まった。
「ストライク!バッターアウト」
ホッとする私を更に皆んなが盛り立てる。
「ナイスピー」「ナイスコース」「球走ってるよ」「シャー、ツーアウト」
もう、私の心は今日の澄み切った夏空のように、ハツラツとしていた。
泣いてスッキリしたのか?
いや、皆んなのおかげだよね。
「ツーアウト!」
私も皆んなに声をかけた。
ありったけの大きな声で。
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