第15話 耐え凌ぐ

スタンドのざわめきが耳鳴りのようで痛い。

極度の緊張と強い日差しの照り返しに、頭も痛い。目も霞む。

バックネット裏のスタンドにいる極彩色のユニフォームが蜃気楼のように歪んで映っていた。


私は投球練習も早々に、主審に早く投げろと促される。ツーボールからの再開。

ガチガチに固まる体を何とか動かして、ロボットのように球を放る。ボールは構えたミットに何とか収まった。


「ボール」

「ボール、フォワ」


二球ともシンジさんのミット通りにボールは収まっている。スピードの乗らない、少しやまなりのボールだが、シンジさんは気持ちの良い音でボールを捕まえてくれた。

それでも、ストライクの声が聞こえない。


パニック。

頭が回らない。

霞む目線の先、ど真ん中に構えられたミット目掛けて投げる。

「ストライク」

やっと入ったストライクに安堵するも、次の瞬間、センターには返された。

その後も辛い場面が続く。


「ボール」

「ボール」

「ストライク」

レフト前


「ボール」

「ボール」

「ストライク」

ライト前


厳しいコースは全てボール。

真ん中を投げれば弾き返される。

気づけば一点を返され、なおも満塁の危機。

今の1塁ランナーが返れば、同点に追いつかれてしまう。

もう私の頭は真っ白だった。


キーンと鳴り響く耳からは味方の声すら聞こえない。孤独と恐怖。そこから生まれる自分への嫌悪感が昔の記憶と共に沸き立つ。


一人、図書館で昼休みを過ごしていた半年前までの私。情けなくて、惨めで、言葉一つ交わせない、ドジでノロマな私。仲間もいない、友達もいない、話し相手なんて誰一人いない、あの時の私。


マウンドの上。

体からは投げたくないと、拒否反応を起きた。内容物の無い嘔吐。逆流。

吐く手前、口の中で堪える。

(お昼ごはん、食べないで良かった。)

至って冷静な分析をしてみる。

こんな時はいつも心を空にする。

事が終わるまで、私は何一つ期待しない。


仲間にも、大人にも、家族にも、誰にも。

そして、私自身にも。


酸っぱい胃液をゴクリと飲み干す。

伽藍堂の心で投げる初球。

打たれた。もちろん打たれた。


左バッターの綺麗なスイング。

放たれたボールは放物線を描き、夏の青空へと吸い込まれていく。

私の口はポカンと半開きのまま、ボールの軌跡を追った。


あわやライト頭上を抜くかという大きな当たり。長打コース間違いなし。

ライトの姉は懸命にボールを追いかけ、果敢に飛び上がり手を伸ばす。

後方にグルリと転がるようにして着地する。


「アウト」

ファースト塁審が右手を上げる。

寸前のところで危機を回避した。


それでも、タッチアップでランナーは進む。

3塁ランナーはホームに帰り、4ー2と点差が縮まる。2塁ランナーは3塁へ、1塁ランナーも姉の素早い返球むなしく2塁へと進んだ。


好きで投げてる訳じゃない。

とうとう、言い訳が私の頭を駆け出した。


拍手喝采を浴びる姉を、もう手放しでは喜べなくない。

貴方が強引に野球に引き入れなければ、、、。

そんなことすら思っていた。


私の心は夏の球場の土のように渇ききっていた。


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