第14話 乱れる心
太陽が傾きだした六回表。
未だに暑さは弱まることを知らず、日差しはジリジリと照りつける。
砂漠の様な乾き切った内野フィールドを駆け抜け、芝生の整ったライトへ向かう。
あと二回、守り切れば、ベスト32。
優勝に一歩近づく。
隣のA球場かB球場、もしくは近隣の球場からか、一足先に優勝へ駒を進めたチームが球場に入り込み、めいめいのユニフォームがスタンドを極彩色に染める。
悲劇は六回、ワンアウトからの初球。姉の投じたストレートはバットをかすめ起動が変わる。白球はキャッチャー頭上を通過。勢いのあるファールチップが主審の顔面を直撃した。マスクをしていても、かなりの勢いがあった。
辺りは騒然とし、主審は一度バックネット裏に退いた。どうやら鼻血が収まらないようで、代わりに2塁塁審が主審につき、2塁の塁審が欠けたまま、三審制で試合は続行となった。
三審制自体が問題では無かった。問題は代わった主審だった。気を取り直して再開され、姉は内角に鋭いストレートを投げる。スパンと気持ちの良い音をさせて投じたボールはミットに収まった。しかし、おかしな事にストライクの声が無い。
それどころか、審判はタイムを取り、ピッチャーに向かって走っていった。
私は何が何だか分からず、すぐに試合は再開された。
外角ストレート、「ボール」
緩急をつけたスローボール、「ボール」
ほぼ真ん中にストレート、「タイム」
2回目の試合中断。審判と姉が口論になりかけている。さすがに皆もマウンドに集まってきた。私もマウンドに向かう。
「私はスライダーなんて投げてません。最初から握り方も変えてません」
「今までの主審は見逃したかもしれない。でも、今の主審はわしだ。君の球は明らかに変化している。小学生で変化球は使っちゃいけない事は知ってるよね」
「それくらい知ってますし、変化球は投げてないって言ってるじゃないですか」
「わしが、主審のわしが曲がってると言ってるんだ!」
私がマウンドに着く頃には、ヨボヨボの爺さんが、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていた。
「チョコチョコと変化球なぞを使いおって、小学生なら小学生らしく、正々堂々と闘ったらどうかね」
この一言にはカチンと来たのか監督まで出てきた。
「アオイちゃんは一生懸命、投げてるじゃないですか。それの何処がいけないと言うんでしか!」
「なんだ、このチームは監督も女か。話にならん。誰か他に話の通じる者はいないのか。」
皆、怒っていた。もちろん私も。
普段はあまり怒りという感情は持ち合わせて無いけど、この時ばかりは怒った。怒った表情を露わにした。
それなのに、シンジさんは、何処か涼しい顔をして、姉と相談している。それが怒っていると気づくのに時間がかかった。
「ピッチャー交代だ。それなら文句ないだろ。」
皆がシンジさんの方を見る。
私も理解できず、シンジさんを直視した。
主審のヨボ爺は「ほう」と一言、見下す様にシンジさんを見据える。
「ウチの監督を馬鹿にすんのもいい加減にしとけよ。野球知らなくても、俺たちの事を一番に理解してんだ。そこら辺の野球バカより、よっぽどマシだ。」
「次に減らず口叩いたら、退場にするぞ。」
退場と言う名の最大限の脅し文句で権力を振りかざす。
シンジさんは聞く耳を持たず、踵を返すと、私の方へ歩き出す。
この時、シンジさんは静かに怒っていたのだと知る。その中でキャッチャーとして、チームの柱として感情を押し殺し、策を練っていた。
そして、もう一つ知る。理解する。
私の番が来てしまったと。
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