県大会編

第12話 華々しく飾れ

夏真っ盛り。

蝉がジリジリと騒ぎ立てる朝焼けの田舎道を、小型のバスがユニフォームを着た少年達と、少女二名を乗せて走る。


野球好きの校長先生の粋な計らいで手配された送迎用のバス。しかも、運転手付き。

小さいながらも部員一同が揃って移動し、他の学校に負い目を感じずに現地入り出来るのは、かなり嬉しいとシンジさんは昨晩話していた。

隣には私を無理矢理に野球部に入部させた、アオイお姉ちゃんが寝息を立てている。


チームメイトは姉の「五月蝿い!」の一言にも聞く耳を持たず、はしゃいでいる。私も周りにつられるように笑みが溢れた。

それ以上に嬉しいのは、ダボダボのユニフォームが新しく新調されたこと。私はSSの特注ユニフォームに身を包むと、おめかしをしてショッピングに出かける気持ちになった。


しかし、実際に向かうは宇都宮市にある、栃木県総合運動公園。

午前中は開会式でほとんど潰れ、午後一番に一試合目が始まる予定となっている


シンジさんのお母さん、、、じゃなかった。監督さんが一番くじを引いたので、大変だとキャプテンは嘆いたが、ずっと本球場で試合が出来ると、シンジさんも姉も喜んでいた。


私的には、あまり人に見られるのは嫌だけど、県大会にもなれば、ずっと外野だろうし、皆んなも喜んでいるから良しとする。


大きな入道雲が見守るなか、粛々と開会式が始まった。足並みを揃えて内野ファールゾーンから入場。アスファルトを刻む足音は、すぐに土の音へと変わる。

プラカードを持つキャプテンのコウキさんを先頭に、シンジさんと姉が続く、学年順で二列に並び、私は一番後ろ、思ったより気楽。

手足をピシッと揃えての行進。

何度か皆んなで校庭を周り練習したが、初めての本球場の土を噛みしめると身が引き締まる。


ジリジリと夏の暑さが照りつける中、開会式が進む。

「山井光輝」

来賓祝辞が続く中、突如キャプテンの名前が呼ばれた。選手宣誓だ。

キャプテンはシンジさんにプラカードを預けると、堂々と中央、ホームベースの方へ駆けていき、右手を上げる。

しなやかに伸びる筋肉質な腕。

練習終わり、いつも声を張って頑張っていたのを覚えている。あの人も私と同じ緊張に弱いタイプ。それなのに、キャプテンを務め立派に選手宣誓をしている。勇気をもらえる。

初めは野球なんて嫌だったけど、ちょっと好きになってきた。自分を変えてくれるスポーツ。そんな認識に変わりつつある。

チームメイトは少し変わってる人もいるけど、野球に対する情熱はひしひしと伝わってくる。


開会式が終わり、端の学校からダッシュで退場する。入り乱れる選手達。

これから、始まるんだなという不安。

リトルリーグで経験を積んだ未来の野球選手がゴロゴロいる戦場だと、シンジさんは言っていた。

ただ、私達だって勝ち上がった。いわば、選ばれた64校中の一つ。

私は自身に負い目は感じても、チームは何一つ負けてないと思う。このチームは、キャプテンやシンジさん、そして姉達が築き上げた最高のチームだと思う。


初戦、烏山小学校戦。

思っていた通り、私はライトで8番。

代わり映えの無いメンバー発表に、私は安堵し肩を撫で下ろす。


初戦、本球場は超満員。

開会式の流れで、そのまま残るチームが多かったのと、女子が男子の野球に混じってプレーしてるのが物珍しく、噂になっていたのもあるかも知れない。


「ピッチャーとライト、姉妹らしいよ。俺は姉ちゃんの方がタイプだな」

「俺は断然、妹だ。妹萌えなんだ。妹属性と言うだけで、ドキドキしちまう」

「始まったよ。こいつの俺妹クソヤロ節が」


大声で話すデリカシーの無い男子の会話を断ち切るように、スパンと姉の速球がミットを鳴らす。

私の尊敬する姉は見事、三者三振で一回の表を終え、先発投手として華々しくスタートを切って見せた。


沸き立つ味方スタンド。

知らない人達の拍手喝采。

気づけば、もう女子と蔑むような発言は耳に届かない。

私は弾むようにベンチへと向かった。

浮き足立つベンチ。仲間同士のハイタッチ。

もう、勝ったかのような、夏の日差しのように明るいベンチ。


「初戦は何があるか分からんぞ!」

それでも、野球経験のある保護者からの厳しい声がスタンドを飛び交う。檄が飛ぶ。

その一言で目の色を変える上級生。

私は、この真面目で真っ直ぐな目をした上級生の顔が大好きだ。

いつもはヘラヘラしてるのに、野球となれば一瞬で真剣な顔つきに切り替わる。

闘争心のカケラもない私の心をカッカと燃やしてくれる。


夏空。湿っぽい空気が芝生の香りを運ぶ。本球場は天然芝らしい。私には、それが何のこっちゃ分からないけど、熱心にシンジさんは教えてくれる。

バウンドの高さ、弾足の速さ、それに対して守備位置をどう取るか。

気づけば、レフトのヨシユキ君やセンターのケンゴ君も加わり、熱い声を交わす。

私も力強くウンウンと頷く。


心から仲間と言える友が出来た初めての夏。

根暗な私の貴重な夏。

そんな私を変える最初の夏が始まった。




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